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素敵な女性です 【ミス・ポター】 [映画日記<2007年>]

「ミス・ポター」を見たよ!

ピーター・ラビットの作者、ビアトリクス・ポターの物語です。

20世紀初頭。
ヴィクトリア朝の封建的な空気が残るロンドンで、一人の女性が、自ら描いた絵を、出版社に持ち込んでいた。
彼女の名は、ビアトリクス・ポター(レニー・ゼルウィガー)。
上流階級の女性が仕事を持つなどもってのほかの時代に、彼女は自分の本を出版しようとしていた。
手の中のスケッチブックには、青いジャケットを羽織ったうさぎ。
なんとか出版を承諾してくれたウォーン社は、実はビアトリクスの才能に承諾した訳ではなく、末の弟ノーマン(ユアン・マクレガー)の初仕事に、失敗してもかまわない仕事を与えただけだったのだ。
そうとは知らず、喜ぶビアトリクス。
ノーマンと対面したビアトリクスは、ノーマンからいきさつを聞いてショックを隠せなかったが、当のノーマンはヤル気満々。
ビアトリクスの為に、コストを抑え、尚且つ全ページカラーの本が出版できる案を考え、ビアトリクスを喜ばせる。
やがてビアトリクスの「ピーターラビット」は、大ベストセラーとなる。
兄たちを見返し、良い本を出版する、同じ目的を得たビアトリクスとノーマンは、必然的な流れから、やがて恋に落ちていった。
しかし、上流階級出身のビアトリクスと、商売人のノーマン。
ビアトリクスの両親は、二人の結婚に大反対。
しかしノーマンとの結婚に一縷の迷いもないビアトリクスは、一夏、避暑地の湖水地方での休暇が終わっても、まだノーマンへの気持ちが変わらなかったら、結婚を認めようという両親の言葉に従い、ノーマンに一時の別れを告げる。
離れていても、一日として途切れる事のない、二人の手紙のやりとり。
幸福がもうすぐやってくる・・・突然ノーマンからの手紙が途切れれると、次に届いたのは、ノーマンの妹ミリー(エミリー・ワトソン)から、ノーマンの病気を知らせる手紙だった・・・

こんなにも、波乱に満ちて、でも素敵で、やりきれなく切ないストーリーが、一人の女性の自伝なのには驚く。

ビアトリクスは、元々絵を描くのが大好きで、書いた絵を“友達”として話しかけたり、物語を創作しては話して聞かせるような少女だった。
その理由として考えられるのは、父が本当は絵を描きたかったが、両親の反対で弁護士となった今も、芸術に理解があった事。
ビアトリクスの絵の才能を認めて、いろんな小動物を飼っていた事。
そして、夏場の休暇に、田舎の湖水地方に移り、ロンドンを離れた事。
それが彼女の才能を潰してしまわなかったのだと思う。

対照的に、彼女の母は、封建的な女性の鏡のような人物で、
女は、教育を受けた後は、財力のある階級に似合った男性と、結婚をする、
それが女性としての、最高の幸福として疑わなかった。
理解ある父と、封建的な母。
ビアトリスの空想世界も、そんな家庭環境から生まれたのかもしれない。

ともかく、ビアトリクスは、自分の本を売り込んだ。
それによって、彼女は二つの幸福を得ることになる。
一つは、出版した本のベストセラー。
もう一つは、運命の男性との出会い。
ノーマンの姉のミリーもそうなのだけど、三十路を過ぎても独身のビアトリクスは、この時代ではまるで自虐ギャグ。
今でも多少は自虐ギャグだけどね。
ビアトリクスは、結婚してしまったら、好きな絵が描けない、そう思って数ある縁談を全て断っていたようだよ。

ビアトリクスとノーマン。
二人が出会ってからの展開は、何もかもがとんとん拍子。
クリスマス・パーティの夜の、ノーマンのプロポーズは、見ている私も、つい羨ましくなるくらい、純で素敵な恋の物語だったように思う。
仕事で出会い、意気投合、仕事の成功と共に、愛を育む。
ありがちな展開なのに、なんともスイートな二人の恋愛は、微笑ましく愛おしいよ。
だから、両親が、おそらく父親が提案した、一夏の離れ離れも、きっと二人なら、そう思って見ていた。

そうか・・・
そういう展開だから、余計に切なく、愛おしくなったのかもしれない。
ノーマンの突然の死。
この時代だから、手紙が届くのに、何日かかったんだろう。
しかも、湖水地方からビアトリクスがロンドンに戻るまで、さらに何日かかったんだろう。
ビアトリクスとノーマンの婚約は、ビアトリクスの両親の考えで、ノーマン一家には内緒だった事もあり、ビアトリクスがロンドンに戻った時には、すでにノーマンの葬式は終わってしまっていた。
棺は、土の中。
後で調べたら、ノーマンは白血病だったらしい。
ビアトリクスの悲しみに、もう耐えられない。
すっかり泣いてしまいましたよ。

ビアトリクスがノーマンを失った悲しみを癒す為に購入したのが、湖水地方の農家。
これが、その後のビアトリクスの素晴しい功績につながっていくんだね。
この美しい湖水地方にも、開発の手は及んでおり、ビアトリクスが土地を買い取った事により、この湖水地方の自然は、美しいまま、残される事になる。
ビアトリクスは、その後も、次々土地を購入。
彼女の作品に出てくるたくさんの動物たちのふるさとでもある自然が、今でも残されているのは、本当に彼女の功績なんだよね。
こういうのが、良いお金の使い方だっていうのは、みんな知っているはずなのに、実際にそれができる人は、一握りじゃないかしら。

ビアトリクスを演じたレニー・ゼルウィガーは、テキサス出身のアメリカ人。
ブリジット・ジョーンズもアメリカ人の彼女が演じていたけれど、もちろんイギリス英語をばっちり使っているのは当り前としても、イギリスやスコットランドの湖水地方に、彼女は似合うよ。
しかも、持ち前のキュートさが、ビアトリクスのキュートさにぴったりで、イヤミがないところが、とてもいい。
少し高めの声で、自ら描いた“友達”に話しかけると、絵の中のピーター・ラビットが、突然動き出す。
この演出は、素晴しかった。
決して派手でなく、控えめに動く動物たちが、可愛いすぎて、やや反則。
ちょっと妄想壁のようでもあり、そんなビアトリクスに笑ってしまったけれど、なんか彼女の、動物たちに対する愛情が伝わってきて、すごく温かい気持ちになれた。
やはりレニー・ゼルウィガーのキュートさは、必要だったのだと思うな。

七三分けに、立派なヒゲ姿のユアン・マクレガー。
ノーマン・ウォーン本人の写真に、よく似てる。
この人は、役になりきるし、役に合わせて雰囲気も変わる役者さんだから、仕事に燃える、少しうぶな好青年っぷりが良かった。
一時の別れを惜しむ駅のホームで、
見送りに来たノーマンが、列車の煙に紛れて、ビアトリクスにキスをするシーンは、甘いねぇ。
甘くて、つい乙女心がむくむく。
いいなぁ、なんて思っちゃう。
あっという間に亡くなってしまって、事実だから仕方がないのだけど、なんか幸福になって欲しかったなぁ、と切実に思ってしまった。

ビアトリクスも変わった女性だけど、それ以上に変わっていたのが、ノーマンの妹ミリー。
ミリーと独身同盟みたいになったビアトリクスが、ノーマンのプロポーズを受けたいと言って、ミリーに許可を求める気持ち、分かるな。
それを、幸福になりなさいと、当たり前のように祝福するミリーも、また、ステキな女性だよ。

ノーマンの死から8年後。
ビアトリクスは、二度目の恋の末、ちゃんと幸福になります。
あぁ、この時、すでに40歳すぎていたんだね。
なんだか波乱万丈すぎて、フィクションのようなのに、実際のお話(多少の演出はあるとしても)なのだよねぇ。
事実は小説よりも奇なり、を地でいくような人生だわ。
実は、ピーターラビットのお話は読んだ事ないのだけど、さすがに絵は知っているでしょう。
イギリス人女性の書いた児童書が、100年以上たった今も、外国にも知れ渡ったキャラクターとなっている事を、彼女に教えてあげたい。
今度本屋に行ったら、1冊買おうかしら・・・
「ミス・ポター」は、一人の女性作家の成功の物語であり、甘い恋の物語であり、自然を愛する物語でもある。
良くできてます。
是非、見て下さい。
心が温かくなりますよ。


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ミーハー気分で 【オーシャンズ13】 [映画日記<2007年>]

「オーシャンズ13」を見たよ!

ダニー・オーシャン(ジョージ・クルーニー)の元に、ルーベン(エリオット・グールド)の危篤の知らせが入る。
それを受け、ラスティー(ブラッド・ピット)やライナス(マット・デイモン)ら、オージャンズの面々もルーベンの元に集まっていた。
実はルーベン、ラスベガスに新たにホテルを建設する為、ウィリー・バンク(アル・パチーノ)なる人物と、共同で建設を手がけていたのだが、バンクの裏切りに合い、ルーベンはホテルに関する全てを失い、失意の為心筋梗塞に倒れたのだった。
集まったオーシャンズの面々がする事は、一つ。
ルーベンの為のリベンジ。
早速、計画を実行に移すオーシャンズの面々だが、なかなか思ったように進んでいかない。
資金面でピンチに陥ったオーシャンズは、ある意外な人物に、資金提供を持ちかける。
それは、かつての敵、ベネディクト(アンディ・ガルシア)。
彼もまた、バンクのホテル建設を快く思わない人物。
ルーベンのリベンジの為とはいえ、ベネディクトの際どい条件を受けるしかないオーシャンズ。
果たして、オーシャンズのリベンジは成功するのだろうか・・・

まず、この作品を見るには、オーシャンズの面々の、名前、顔、最低でもそれは知っておかないと、見ていて訳が分からなくなる。
だって11人もいるんだよ。
ダニー・オーシャンのジョージ・クルーニー、ラスティー・ライアンのブラッド・ピット、ライナス・コールドウェルのマット・デイモンほどなら、そりゃ顔も分かるが、それ以外のキャストは、見慣れてはいないからね。
敵味方入り乱れる前に、チェックしといて損はなし。

3作目となる今回のテーマは、リベンジ。
その為に、バンクが経営するホテルを資金的にも、格式も、全て貶めるという、分かりやすい目的があるから、今作は見やすかった。
しかも原点に戻って、舞台はラスベガス。
華やかなカジノの街で、まぁ、ありえない豪華な面々が、活躍する犯罪映画ってのが、本来の目的だろうから、これは成功したんじゃないかな。

資金的なリベンジは、もちろん、オープン初日の一晩で、バンクを大損させる事。
その為、一つ一つカジノのルーレットやダイスやスロットマシーンに、細工していく過程は、見ていて楽しい。
上手くいきすぎってところは、さらっと見逃すとしても、ライターをカチッとやると、ダイスの目が変わる仕掛けなんかは、ベタだど、ウキウキするね。

格式へのリベンジは、常に最高の栄誉である、5つダイヤモンド賞を、取らせない事。
その為に、オーシャンズのメンバーを審査員だと思い込ませ、本物の審査員には、かなり手ひどい仕打ちを用意していたりして、この審査員は気の毒この上なかったね。
最後に、オーシャンズの手によって、ものすごい金額を手にするとはいえ、途中、かなり可哀想で、笑ってしまったよ。

リベンジの相手となるバンクを演じているのは、かの大御所アル・パチーノ。
小柄なのに子憎たらしい感じは、さすが。
やり手で、まんまとルーベンを騙したのはいいけれど、オーシャンズの残り10人に、これでもかってほどヤラれてしまうのは、ちょっとおマヌケ。
実を言うと、バンクもなかなか悪なのだけど、それよりも、ベネティクトの方が数段悪に見えたから、アル・パチーノの存在が、やや滑稽に見えてしまったのは、狙いとは違っている気がするのだけど。
自信満々のすまし顔で事を進めるバンクより、
冷酷な無表情で、オーシャンズの面々をキューキュー言わせているベネディクトの方が、風格漂って見えた。
多分、バンクが、もっともっと憎たらしい存在であった方が、最後にヤラれた姿を見て、もっとすっきりできたと思うと、ちょっと惜しいのかな。

今回は、女性陣がほとんど出演なしというのも、ちょっと寂しいかしらね。
唯一、紅一点は、バンクの右腕アビゲイル・スポンダー役のエレン・バーキン。
ダニーの妻テスも、ラスティの恋人も、出演なし。
ま、これは、役というより、演じているジュリア・ロバーツと、キャサリン・ゼタ=ジーンズの問題だろうから、別次元なのだけどね。

相変わらずオイシイところを持っていくのが、マット・デイモン。
ライナスの家庭事情を知っていないと、最後のオチが分かりづらいのは、ちとキツイか。
2作目でもライナスの親に助けを求めていたけど、今回もそんな感じで、最後はライナスパパの助っ人あり。
この家族は、詐欺師一家なのだよね。しかも腕のいい。
マット・デイモンも、変装というか、あの付けっ鼻は、ベタではあるけど、アホな事を考えてくれたな、と。
スポンサーになってもらったベネディクトの為に、スポンダーを色仕掛けで落とし、ダイヤの首飾りを盗むハメになったオーシャンズだけど、普通色仕掛けといえば、セクシー担当は、ラスティーと決まっている。
だって、ブラッド・ピットだもん。
で、今回、頑張っちゃったのは、マット・デイモン。
彼はセクシー・・・じゃないよね?
マット・デイモン自体は、「ボーン」シリーズとか好きだけどさ。
楽しそうに3枚目を演じているから、なんかほのぼのしてくるね。

3作目。
前回より、内輪盛り上がりみたいな感覚がなかったから、その分、見ていて楽しかったよ。
この作品は、出演者が楽しければいい、っていう感覚が、少なからずあるとは思うけど、視聴者の立場から言えば、見ているコチラも楽しくなきゃ、損ってもんだもの。
カジノ、金、盗み、騙しあい、それをオシャレに見せるところに、この作品の魅力があるんだもんね。
掘削機を2台買ってしまうのは、ヤリすぎの気がしないでもないけど。

ホテルの基礎をゆすぶって、人工的に地震を起こしていたら、本当に地震が起きて・・・
なんてご都合主義も、この作品なら、さらっと流しちゃっていいんじゃないかな。
いちいちツッコんでいたら、楽しくなくなっちゃうもんね。
最後は、失意のどん底だったルーベンも復活したし、
万々歳って事で。

前回ほど、ブラッド・ピットの活躍はなかったね。
ジョージ・クルーニーも、抑え気味。
その分、マット・デイモンが頑張っていたか。
ま、主人公側の人間の数が多いから、全員活躍させるのは、大変だ。
見せ場を全部作ろうとすると、詰め込みすぎちゃうし、
かといって、ないがしろにする訳にもいかないし、
スタッフの悩みどころなのかな。
そうね、肩の力を抜いて、楽しんで見て下さいな。
うーん、2作目よりは面白かった気がする。
ミーハー気分で見るくらいが、調度いいんじゃないかしらね。


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怒涛のトランスフォームだ 【トランスフォーマー】 [映画日記<2007年>]

「トランスフォーマー」を見たよ!

さえない高校生サム・ウィトウィッキー(シャイア・ラブーフ)は、念願だった車を、成績A3つと貯金2000ドルを達成し、父に買ってもらうが、ケチりにケチった結果、購入できた車は、かなりの中古車だった。
それでも、憧れの美人の同級生ミカエラ(ミーガン・フォックス)と、何とかしてデートにこぎつけたい。
サムが悶々としている頃、
カタールの米軍基地でも、異変は始まっていた。
未確認のヘリを、敷地内へ誘導したところ、一瞬で“トランスフォーム<変身>”。
あっという間に、基地を全滅させてしまう。
それは、今まで誰も見た事のない攻撃で、その姿は、まさに“生きたロボット”だった。
一方、買ったばかりの車が盗まれるのを目撃したサムは、自転車で必死に追いかける。
追いかけた先でサムが見たのは、自分の車が、一瞬で“トランスフォーム”し、ロボットへと変わる様子だった。
だが、事態は一変。
パトカーに助けを求めようとしたサムに、そのパトカーが襲ってきたのだ。
パトカーもまた、ロボットへと姿を変える。
追われるサムを助けたのは、自分の車であり、“トランスフォーム”したロボットであった。
そこでサムは、ついに事の全貌を聞かされる。
彼らは地球上にある何かに姿を変え、すでに侵入している事。
彼らのエネルギー源である“キューブ”が、地球のどこかにある事。
その在り処が、初めて北極にたどり着いた探検家で、サムの曾曾曾おじいちゃんの使っていたメガネに刻まれている事。
それを巡って、敵対する二つの勢力がある事。
サムと、偶然巻き込まれたミカエラ、
米軍に、謎の組織セクター7、
トランスフォーマー達の戦争に、全て否応なしに巻き込まれてゆく。
彼らの戦争の行方は?
そして巻き込まれた地球の運命は?
運命を託されたサムの選択は?

元ネタは、日本の玩具メーカーが制作、アメリカなどに輸出販売していたロボット玩具。
よく調べると、「STAR WARS」なみに細かい世界観と設定が成されており、なかなか奥が深そう。
人が操縦するのではなく、それぞれが意思を持って動くというのは、それまでの日本のロボットものと、違うのだね。
私が小学生くらいの頃、確かに「トランスフォーマー」の名前は聞いた事があるよ。

基本的に、主役はロボットたち。
ただロボットだけではストーリーが進まないから、人は彼らの戦争に巻き込まれた、といったところかしら。

まずオープニングの、カタールの米軍基地での襲撃騒動。
ここで、いきなり“トランスフォーム”がばっちり見れる。
米軍のヘリコプターがトランスフォームするのだけど、これをどう言葉にしようか、
あのスピード感と、複雑にトランスフォームしながらも、少しずつ姿を変えつつ、あっという間に巨大なロボットになるシーンは、感動ものだよ。
おそらく「トランスフォーマー」のロボットで遊んだ、世界中の子供たちが、自分の手でパーツを動かして、例えば車からロボットへ、夢中になって遊んでいる興奮が、ものの数秒のシーンで、あっという間に体感できちゃうんだ。
私の心の声をあえて書くなら、
「うわっ、すげー!、かっけー!、かっけー!!!」
私は小学生の男の子かっ!
いや、そのくらい、興奮したんだよ。実際。
それが1回じゃなく、ストーリーが進んでいくと、何回も何回も、敵も味方も、スポーツカーもデカいトラックも戦闘機も戦車もパトカーも救急車も、ラジカセも携帯も、ありとあらゆるものが、一瞬で“トランスフォーム”するの。
その度、いちいち、「うわっ、すげー!かっけー!かっけー!!」ってなってた訳。
ハイウェイでかなりスピードだして走りながらとか、戦闘機が高速で飛びながらとか、“ながらトランスフォーム”もかなり興奮するよ。

さらに嬉しいのは、元々が日本人が作ったロボットで、しかも80年代だ。
今、30代の大人、私を含めて、この頃ってたくさんロボットアニメや、テレビ番組があったと思うの。
「ガンダム」は有名すぎるけど。
戦隊モノだって、「デンジマン」や「サンバルカン」や「ゴーグルファイブ」なんかも、ヒーローが最後に搭乗するのは、合体なんかしちゃったりしてさ、巨大なロボットだよね。
あ、これは今もか。
アニメの「ザブングル」もそうだよね?
全部の名前は覚えてないけど、そういう環境で育ったんだもの。
興奮する要素は、小さい時からすでに記憶に刻まれているんだって。
男の子はもちろん、全員とはいわないけど女の子だって、夢中で見てたんだし。
小学生の男の子がいるウチには、必ず1つくらいは超合金のロボットのおもちゃがあったよね。
だからなのだけど、あのフォルム。
姿形に、これまた嬉しい要素があるんだわ。
小さい顔、ゴツイ肩、接続部分だけ細く、先になるほど太い腕、ウエストは高く細く、鳩胸。
そこから、これまた接続部分だけ細く、足首に近づくほど太くなる足。
腕や肩には武器が搭載されており、人のように走り、目や口もある。
これって、日本におけるロボットの、定義だと思わない?
今、私が読んでいる連載中のマンガ「ファイブスター・ストーリーズ」に出てくるモーター・ヘッド、つまりは人が操縦する巨大なロボットなのだけど、これだってその定義からハズレてないもの。
「エヴァンゲリオン」をちらっと見た時には、ずいぶん華奢なボディだな、と思ったほど。
話が長くなっちゃったけど、それを含めてさ、私がこれほど興奮した訳が分かって頂けたでしょうか。

ロボットたちは、それぞれ性格に個性があって、かなり人間くさいキャラクターになっている。
基本的に善悪分かれているから、善の方は人を傷つけないのがモットーだし、悪の方はいたって悪役。
サムとサムの護衛役だった車、バンブルビーという名のロボットは、ある種、「ET」の世界観そのままなんだよね。
異種でありながら、絆を深めていくというか。
そういうのの定番で、一度は理解ない者達によって引き裂かれた二人が、努力の末に、また深く結ばれる、なんてベタすぎて少しかゆいかも。

ベタすぎてかゆいのは、ストーリー全般に言える事かも。
さえない高校生だったサムが、ロボットたちの戦争に巻き込まれていくうちに、友情や使命感によって、強い人間に成長したり、憧れだったミカエラと結ばれたり、傲慢だったセクター7という組織にしても、米軍にしても、政府にしても、結局は全員、サムの為に尽力する事になるんだから、安心できると言えば確かにそうなんだけど、意外性はないよね。

かゆいベタなストーリーであっても、かなり満足できたのは、そのバランスの良さだと思う。
ロボットとサムの友情、“キューブ”を先に手に入れるという二つの軸を中心に、
その付属として、政府の対応や、米軍の奮闘や、データを解析するグループの活躍、やりたいように事態を進めようとするセクター7の横暴などが、テンポ良く散りばめられてて、
決して軸がブレず、肉付けするような形で付属のストーリーが絡んでいるから、しっかりとストーリーを楽しめる訳だね。
そういう作りは、さすがマイケル・ベイ監督、となるのかな。
もしくは、スティーブン・スピルバーグの手腕か。

この作品で非常に良く登場するのが、“sacrifice”“犠牲”という言葉。
サムの家、ウィトウィッキー家の家訓からして、「犠牲なくして勝利なし」だもん。
この場合は、“victim”“犠牲者”ではなく、“self-sacrifice”“自己犠牲”の方ね。
みんなの為なら死をも恐れず、とか、死んでも使命をやり遂げる、なんて、今「ジャンプ」でもあるのかしら。
それを恥ずかしげもなく、全面に押し出してくるあたり、流行なのかしらね。
元々アメリカ人は自己犠牲って好きらしいけど。
ただ、それも、ヒューマンドラマでしつこく出されると、胸ヤケしてしまうけど、
ロボットが主役のアクション作品で、命を懸けた戦いの最中に出てくるなら、案外すっと受け入れられるものなのかも。
ここまでベタなら、逆に気持ちいい、とかね。
どうだろう。

サムを演じたシャイア君は、「インディー・ジョーンズ4」の出演も決まっていて、これをキッカケにブレイクしそうな感じらしいけど、ホントに、なんでもない顔してるんだよね。
イケメンとは、ほど遠くて・・・失礼。
でも、役柄上も、さえなくて、モテなくて、親にも50歳の童貞になったらどうするんだよ、なんて詰め寄っているくらいだから、逆にイケメンじゃダメなんだね。
さえない子が、ロボットたちの戦争で切り札になってしまった事から、自ら運命を受け入れ、強く成長していく、っていう筋があるから、調度良いのかも。
映画「コンスタンティン」で、チャズを演じていた時は、もう少しカワイイ感じがしてたんだけど、大人になってきたって事かな。。。

ミカエラを演じたメーガン・フォックスは、今回、意外に大活躍してたね。
車に詳しくて、窃盗犯な父親をかばって逮捕歴があったりと、ちょっとやんちゃな女の子。
あの年で、車の配線ショートさせて、エンジンかけるなんて、イカしてるじゃん。
メーガンが、なかなかオリエンタルな顔立ちで美しく、
ミカエラがサムと離れて、一人で車に乗せたバンブルビーと活躍している時なんかは、すごく生き生きして見えたよ。
彼女もまた、これからブレイクしそうなんて言われているみたい。

ロボット同士の戦闘は、かなりの見せ場。
もちろんCG駆使して作っているシーンだけど、とにかくリアルで、スピード感も素晴しく、アラも見えなくて良いね。
砲弾を避けるのにスローモーションを使ったり、トランスフォームを多用したりして、飽きさせない構成は素晴しいよ。
ただ、最近の映画に習って、手ブレのようなアングルでアクションシーンを撮るから、敵味方が分からなくなっちゃってるのは、すごくもったいない。
オープニングの米軍基地を襲撃したロボットは、何かエネルギー派みたいのを飛ばして、個性的な攻撃をしていたし、
ラジカセがロボットにトランスフォームしたヤツは、何か手裏剣みたいなものを飛ばして攻撃していて、
この二体の武器やワザは、楽しかった。
それ以外、メインのロボットたちに、個性的な武器がなかったのは、寂しい。
必殺技があった方が、一体一体に感情移入しやすいし、敵味方入り乱れた時に、誰が誰なのか、分からなくならなくてすんだかも。

シリアスな話ではあるけど、意外とたくさんのギャグシーンがある。
サムは自虐ネタが多かったし、
サムの両親は、どこかとぼけた感じがあって、サムとからんで楽しかった。
ママが、なかなか部屋に入れない息子に、「マスターベーションしてたの?」と聞いて、パパが「それは父と息子の会話だ」ってツッコむシーンは、思わず笑ったよ。
ロボットたちも、ベタすぎてまるでドリフのようなギャグをかましてくれたりする。
サムが部屋にメガネを取りに帰った時、両親に見つかるとマズいロボットたちが、あんなどデカイ図体で、しかも四体そろいにそろって、狭い家の影に隠れたりして、「オマエらドリフか」と心でツッコまずにはいられなかったよ。
あれだけ良質なアクションシーンをふんだんに織り込んだ作品なのだから、
こういうギャグを入れなくてもいい、と思う人もいるかもしれないけど、
私は楽しかったな。
ロボットたちの擬人化が激しいし、そこをついて感情移入させようという思惑も感じられるし、確かにそこまで・・・と思わせる瞬間もあるんだけど、これはこれでこういうスタイルを確立できているから、私的には全く問題なし。
むしろ楽しんだよ。

あれだけ盛り上げて盛り上げて、ラストのシーンは、確かに迫力不足が否めない。
それまでの戦闘が素晴しい出来だったから、サムが敵の大将のメガトロンを倒すのに、“キューブ”を体内に押し込めば、そのエネルギーに耐え切れず死んでしまうという事を知っていたけど、あまりにあっけなかった気がする。
渡してしまえば、エネルギーを利用して、強くなってしまう訳だから、簡単に近づけないし、敵はサムを捕まえようとしているから、遠ざけておかなければならなかったのも分かるんだけど、ひょいっとやったら死んでくれた、みたいな感じがするんだな。
しかも、最後になってようやっと、オプティマス・プライムというロボットが、ロボットの中では主役なんだという事を思い出した。
バンブルビーの扱いが特別だったから、忘れかけてたわ。
うーん、すごく楽しい作品だったから、これだけが唯一の不満。
バンブルビーが、これからもサムと車として共に生きていくってエンディングも、ベタすぎてかゆいけど、嫌いじゃない。
ま、“キューブ”がなくなってしまった事で、ロボットたちは、誰も故郷に帰れなくなった訳だけどね。
それよか、元々故郷を捨てて、地球にたどり着いたんじゃかったっけ?

トレーラーを見て、映像のカッコ良さに、それまでちょっと大丈夫なのかしらと思っていた印象を覆されたのだけど、
実際見たら、もっとカッコイイし、楽しいし、嬉しい結果で良かったよ。
そもそも、ロボットに人格があり、独自の文化と歴史を持っていて、という大前提を受け入れられなければ、面白味も全く分からないだろうけど。
そういう人は、見ないか。
子供の頃、少しでもロボットものに興味があった方は、是非見て下さいな。
特に男子。
絶対、興奮すると思うから。
そして私が「うわー、すげー!かっけー!かっけー!!」って叫んだように、
「すげー!かっけー!」がでてくると思うよ。
お薦めです。


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パロディじゃなくコメディ 【日本以外全部沈没】 [映画日記<2007年>]

「日本以外全部沈没」をレンタル&視聴。

原作は、小松左京の長編小説「日本沈没」のパロディ、筒井康隆の短編集「日本以外全部沈没」。
ちなみに、筒井康隆氏は、原典の小松左京氏の許可を得て執筆したらしい。
さらに、「日本以外全部沈没」の映画化も、小松氏の許可を得ているよう。

2011年。
突如、原因不明のまま、アメリカ大陸が沈没。
数週間で、日本以外の全ての大陸が沈没してしまった。
そして3年。
日本は、生き残った世界中の難民が押し寄せ、人口は何倍にも膨れ上がり、食料は足りず価格は高騰。
かつてはそれぞれ自分の国を治めていた大統領や首相も、日本の首脳陣におべんちゃらを使う毎日。
最初こそ重宝されていたハリウッド俳優たちも、日本人が外国人を見慣れすぎてからは職もなく、
外国人のほとんどが、ホームレスか、非人道的な仕事で、日本人にこき使われるか。
比例するように外国人犯罪が急増し、困った政府は、特別に取り締まるGATを組織、外国人の国外退去に勤しんでいた。
新聞記者の“おれ”(小橋賢児)は、キャサリンというアメリカ人妻を持つ身。
友人のTVプロデューサー古賀(柏原収史)は、妻との慎ましくも幸福な生活を送る中、妻が妊娠。
異常な事態にも関わらず、ごく普通の生活を送る日本人。
今日も、おれと古賀は、クラブ・ミルトのカウンターで、酒を飲む。
その頃、地球物理学の権威、田所博士(寺田農)は、日本の行く末に気づき、姿をくらました・・・

先に言っておくと、
原作の筒井康隆著「日本以外全部沈没」は、発想はくだないが、短編ながら、ピリッと辛味のブラック・ユーモアが効いた、秀作だと思う。
白状すると、短編の為、店頭での立ち読みしかしてないのだけど、
それほどクセもなく、世界一偉くなってしまった日本人のエゴだとか道徳を、さらっと説いている作品に思う。
ラスト、田所博士が「日本も沈むんだ」と告白し、店で飲んでいた登場人物たちが、斜めになる店内で、どうすることもできず右往左往するオチに、つい笑ってしまった記憶がある。

それを踏まえて・・・

今作、非常にくだらない。
くだらなくても、面白い作品は作れると思うのだが、
見終わって困ってしまったのは、つまり面白くなかったから。
笑えないんだもん。

監督・脚本の河崎実氏は、「いかレスラー」や「コアラ課長」など撮った確信犯。
どうせやるなら、徹底的にやれ、と私も思うのだが、
安泉純一郎首相(村野武範)や、石山防衛庁長官(藤岡弘)、
中国の元国家主席、韓国の元大統領、アメリカ元大統領、ロシア元大統領、
北朝鮮の某将軍様と思しき人物、
ハリウッド俳優のそっくりさん、
と、まぁ豪華。
なのだが、いかんせん、やる事なす事、アイディアが小学生並みに思えるのは、なんでだろう。
日本の首相役の村野武範のアップが続く、「日本音頭」なる歌をフルコーラスで流したり、
プロデューサー古賀と妻の会話は、一昔前の日本の理想の家庭のように、家を守る貞淑な妻が、夫にお風呂沸いてますよ、と声をかけると、いや飯にすると夫が答え、じゃ“おビール”と言って妻がクラスに注ぐ・・・
妻はロングスカートにカーディガン姿、妊娠が分かったら赤飯炊いて・・・
何これ?
外国人の犯罪を予報する、天気予報みたいな番組があったり、
アメリカ人妻の、純愛物語、
ハリウッド女優の落ちぶれていく様、
なんかみーんな、しっくりこない。
ツボらない。

それに、すごく気になったのが、
アメリカ人役で出てくる役者が、なぜか英語が下手クソなの。
日本語が下手なのは、当然だからいいのだけど、
キャストの名前が、妙にロシア系だったり、ラテン系だったりするせい?

わざとチープにみえるように、
爆破シーンが昔ながらの特撮のようにミニチュアだったりするのは、
その効果が予想できるからアリなのだけど、
リアルなマグマの映像を挿入する意味はあったのかしら。

結構、期待してたのよ。
原作読んだらなかなか面白かったし、
キャストもスタッフも、個性的なメンバーそろえてたし、
パロディっていっても、今作は逆説的なパロディだから、実は考えさせられたりするんじゃないかって、ね。
それにしちゃ、筒井氏のカメオ出演が、アーノルド・シュワルツェネッガーとブルース・ウィリスのレベルの低いそっくりさん(そっくりさんまでいかないくらいのレベル)に、10円5円で一発芸(これまた面白くない)をさせるってーのは、どうなのさ。

思うに、元々原作も短編なのだし、90分以上もある作品にしないで、
40分くらいにすっきり納め、アイディアも原作を膨らませるくらいにして、
あくまで逆説的パロディのブラック・ユーモアにして、コメディにしない方が良かった気がするのだけど。
期待してた分、なーんだこんなもんか、と思えてしまって、すごく残念。
ふざけた作品に思えてしまうのに、他国をバカにするような表現が山のようにあるから、
本来の意味を知らないと、単なる恥知らずになりそうで、怖いなぁ。

評価がよろしくないのは、他の方が書いたレビューをちょっと調べたら分かっちゃったのだけど、
それでも、自分の目で見れば、少しは違う感想がでてくるかと思ったのは、甘かったかな。
やはり評判は評判。ハズレちゃいないんだね。信じていなかった訳じゃないけど。

シリアスな作品も作るのも大変だけど、
パロディはもっと難しいと思うのだよ。
おふざけと、作品に対する真剣さってのは、全く別だしね。
真剣にふざけるのがいいんだろうな。やるなら、とことん、だよね。ホント。

という事で、ちょっと残念な結果に終わった今作。
あ、もしかしたら、原作を知らない方が楽しみたかも、って今思ったわ。
それにしても、あの村野武範の笑顔で踊る「日本音頭」が、アタマに残るなぁ・・・
妙に似てた北朝鮮の将軍様も・・・

日本以外全部沈没

日本以外全部沈没

  • 出版社/メーカー: 角川エンタテインメント
  • 発売日: 2007/01/01
  • メディア: DVD


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成長してます 【ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団】 [映画日記<2007年>]

「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」を見たよ!

ネタバレしているブログですので、気をつけて下さいね。

ハリー(ダニエル・ラドクリフ)も5年生。
夏休み中、相変わらず従兄弟のダドリーからちょっかいを出される生活を送っていたハリーだが、
ダドリーと一緒にいたところを、ディメンターに襲われ、禁止されていたが、マグル(人間)の前で魔法を使って、難を逃れた。
それが魔法省にバレ、退学を言い渡される。
しかし、ダンブルドア校長(マイケル・ガンボン)の計らいもあり、退学は決定されず、魔法省の尋問会に呼び出されるが、
魔法省は、ハリーの正当防衛も信じなければ、
名前を言ってはいけないあの人、ヴォルデモート卿(レイフ・ファインズ)が復活した事さえも、信じてはいなかった。
嘘つき呼ばわりされたハリーとダンブルドア校長の前に、さらに都合の悪い事態が。
闇の魔術に対する防衛術の新しい先生として赴任してきたのが、魔法省命のドローレス・アンブリッジ(イメルダ・スタウントン)。
彼女は、教科書中心、実習なしの授業を進める一方、ホグワーツの規律を正すという名目で、いつくもの厳しい規則を作っては、守れない生徒達に、厳しい罰を与えたのだ。
ハリーの事を信じるハーマイオニー(エマ・ワトソン)やロン(ルパート・グリント)は、大人たちがヴォルデモート卿に対抗する為に、秘密の組織「不死鳥の騎士団」を作った事を習い、自分達も自分の身を守る為に、ダンブルドア軍団を結成する。
そこで闇の魔術に対抗する魔法をみんなで習おうとしていた。
教えるのは、ハリー。
「不死鳥の騎士団」には、ロンの両親アーサーとモリーも参加していたが、ハリーの名付け親でもあるシリウス・ブラック(ゲイリー・オールドマン)もいた。
彼の家が、「不死鳥の騎士団」の隠れ家になっていたのだ。
シリウスと再開を喜ぶハリーだが、彼とヴォルデモート卿との距離は、刻一刻と、近づきつつあった。
ハリーがヴォルデモート卿と共に見る悪夢に出てくる、“予言”とは・・・

原作を読んだのは、どのくらい前かな。
印象としては、あの長い原作を、まぁあの通りに映画化している訳だから、
とにかく前半は、詰め込む詰め込む。
盛り上がりや感情がどうこう言う前に、ストーリーを順を追って進めていくだけで、精一杯って感じ。
面白くない訳ではないが、これといって目を引くものもない。
これからのストーリーに直接関係ないエピソードは、ばっさりカットしてはいるけど、
それでも忙しかったね。
ハリーが、ヴォルデモート卿とつながって、毎晩のように悪夢を見る事や、
例の“予言”の玉の事、
ダンブルドア校長がなんかハリーに冷たい態度をとっているとか、
ともすると、見逃してしまって、後でこれって伏線だったんじゃん、なんて後悔しそうな気がしないでもない。
チョウ・チャンとの関係や、ルーナ・ラブグッドとの関係も、本当は個性豊かなキャラクターなのだから、もっと濃くハリーとからんで欲しいと思うのだけど、それをやってしまうと、とてもじゃないけど、上映時間が2時間ちょっとになんか納まらない。
良質な原作があるっていう良い面と、それに縛られるっという悪い面とが、両方あるのは仕方のない事なのは分かっているんだけどね。

それを考えると、いいキャラなのに、本当はもっとスクリーンに出て欲しいのに、ちらっとしか出れないっていうキャラが多いよな。
ロンの兄弟も、長男、次男、三男あたりは全くのムシ。本当はパーシーの葛藤とかあるんだけどね。
フレッドとジョージのいたずらは、もっともっと見たい。
ジニーだって、ちらっとしか映らないけど、かなり腕のたつ魔女に成長してるんだよね。
アーサーとモリー夫妻は、いいキャラ。
いかにも田舎の懐がデカイママといったモリーは、相変わらずロンの好みじゃないセーターを、嬉しそうにプレゼントしているし、フレッドとジョージにはどっちにどっちをあげけようか、真剣に迷ってたみたいだし。
アーサーだって、地下鉄に始めて乗るみたいに、改札でまごまごしたり、マグル好きでマグルの便利な生活に感心したり、結構細かい小ネタを入れてるんだけど、あまりにもさらっと流されてて、もったいない。
ニンファドーラ・トンクスには、なぜかファーストネームを呼ばれたくないって設定もあったし、せっかく紫の髪にしていたのに、目立たなかったよね。
ベラトリックス・レストレンジだって、死喰い人らしい狂気じみて、せっかく怪演していたのだから、もっと活躍して欲しかったよ。
ドラコだってちらっとしか出ないし、パパマルフォイもちらっちらっと。
ハグリッドもたいして出ないし、
スネイプ先生との閉心術の個人授業も、もっともっと長かったはず。
ネビルの両親の事とか、
ルーピン先生もいたし、
書くときりない事が分かった・・・

原作で、文字の中でしか想像できないキャラが、映像となって動くってところに、映画化の楽しみがあるのだけど、登場人物が多く、長すぎる原作ってのも、困りものだね。

それを踏まえて、
今作で、シリウス・ブラックが死ぬ訳だけど、
これは私は原作でも思ったので、そういう意味では、原作どおりなんだけど、
シリウスが死ぬシーンて、かなりあっさりしてる気がするんだ。
あの変にアーチに吸い込まれ、死体がないってのも原因だと思うけど。
日本では、名付け親ってそこまで重要じゃないけど、
とにかくこの作品では、ハリーは名付け親のシリウスに、それこそ親以上に甘えているでしょう。
ま、両親がいないから、それもありになんだどさ。
だから、その割に、シリウスってあっさり死んじゃいけないキャラなんだと思うんだ。
だから、もっともっとエモーショナルなシーンでもいいはず。
たとえ原作であっさりしていても、これは映画なんだから、ここはたっぷり、二人の表情を捉えて、引っ張って引っ張って盛り上げるくらいで調度いい気もするんだけど。
どうかしらね。

そう思うと、ドローレス・アンブリッジの活躍は、すごい。
常にピンクの服が目障りで、やる事なす事鼻につくし、生徒に優しくないし、
特にハリーには冷たくあたるんだけど、
トレローニー先生は追い出しちゃうし、
ダンブルドア校長も、ついには追い出しちゃう。
それを、嬉々として演じているイメルダ・スタウントンって女優は、さすがだな。
彼女の活躍だけは、たーぷりと見れるよ。
パットをつけていたらしいけど、ころっころっとした体格で、ぷりぷりお尻を振って歩く、そう見えたんたけど、彼女が森の奥につれていかれた時は、すっきりしちゃった。
自分で、子供じゃないんだから、って自分にツッコミいれたいくらい。

あ、でも、スネイプ先生の若かりし頃の姿がちらっとだけど見れたのは、ほくそ笑んでしまったよ。
ジェームズにいじめられてる~ってね。

ハリーを演じるダニエル君も、18歳になっちゃった。
今作は、みんな成長して、大人になっちゃったね。
ネビル役の彼が、すんごくでっかくなってて、びっくり。
頼りないイメージのキャラだからさ、あまり逞しくなっちゃっうと、困りそう。
ダニエル君って、なかなかの童顔なんだけど、それでも、だんだん丸いメガネが似合わなくなりそうだよ。
キャストが成長する前に、是非、7作目まで撮り終わって欲しい。
キャストが変わらないのは、決まったみたいだから。
映画のできとは関係なく、ここまで見てきちゃったから、とにもかくにも、最後まで見なきゃって思っている。

後半、
魔法省の中での、死喰い人VSダンブルドア軍団、
ルシウス・マルフォイVSシリウス・ブラック、
ヴォルデモート卿VSダンブルドア。
この3つは、思った以上に良いできの戦いのシーンだったと思う。
特に矢継ぎ早に呪文を唱えて、杖を振りかざす感じは、これこそ想像していた通りの魔法同士の戦いって感じだった。
戦っている時のシリウス・ブラックはカッコ良いね。
途中、ハリーが隣にいるのに、ジェームズってハリーパパの名を呼んだのは、ホントに一瞬のシーンだったのだけど、なんだかシリウスが不憫になっちゃった。
ただ、杖を振りかざす時、呪文を唱えているはずなんだけど、あまりに展開が速くなると、肝心な呪文が聞こえない。
省略なのかもしれないけど、これはずっと聞こえていて欲しかったな。
呪文も早口言葉みたいだけど、それを唱えての魔法でしょう。
そのスタイルが魔法に憧れる子供の気持ち・・・今でもそうかな・・・が、満たされるんだけどなぁ。
ちょっと悔しい。

ラストのヴォルデモートVSダンブルドアは、「ハリー・ポッター」シリーズ中の、戦うシーンでは、一番興奮した気がする。
迫力もあったし、水や砂なんかが行き交う技の応酬が、美しかったんだわ。
スピード感があったのも、良かったね。
前半の説明シーンの連続のような感覚は、後半の戦いのシーンで一掃できたから、これは良かった。
それがなかったら、ものすごい消化不良になっていただろうからさ。

“予言”に関しては、あまり効果がなかったように思うんだけど。
あれは、結局、ハリーとヴォルデモートはつながっており、
どちらかがいれば、どちらかは生きられない、
どっちかがどっちかを殺さなければならないって暗示なのだよね。
原作を読んだ時にも同じように感じたんだけど、
どっちがどっちかを殺さなくてはならないって、すごく悲観的になるけど、
今さら言われなくても、元々そういう話なんじゃないの?
ってね。
ハリー・ポッターの話なのだから、彼がヴォルデモート卿をやっつける結末が、一番理想なのだろうけど、結末はまだこれからの楽しみ(英語版を読んだ方はもう知ってますね)としてもさ、
ここまできて、えーっ?!って驚くほどの事ではない気がする。
そりゃそうでしょう、って話で。
そう思っているのは、私だけかしら・・・

あの戦うシーンがあったからこそ、そこそこ楽しかったよ、っと言えるけど、
この作品は、誰が監督しても、脚本書いても、難しそうだわ。
あと2作。
いい作品を残して欲しいな。
それと、いつものあのテーマソングが、多くは使われなかったけど、結構印象的な感じで使われてて、なんか安心したわ。
一時、ほとんど使われなくなって、寂しかったからさ。
音楽担当が変わっちゃうとね、これも難しいからね。

ダニエル君は、もう少し、ハリーでいなきゃなんないね。
その大変さは分からないけど、とにかくあと2作、頑張って欲しい。
願わくば、誰かキャストたちの年齢を、このまま止めておいて欲しい。
少なくとも、あと2作撮り終えるまではね。


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熱い!男のスポーツ 【マーダーボール】 [映画日記<2007年>]

「マーダーボール」をレンタル&視聴。

2004年アテネ開催のパラリンピック。
ウィールチェアラグビー(車椅子ラグビー)のアメリカ代表と、カナダ代表。
この因縁のライバルを通して見るウィールチェアラグビー。
個性豊かな選手達。
そのドキュメンタリー映画である。

主な登場人物を紹介すると、
ストーリーの中心になるのは、アメリカ代表マーク・ズパン。
同じくアメリカ代表のアンディー・コーン、スコット・ホグセット、ボブ・ルハノ。
元アメリカ代表、現カナダ監督のジョー・ソアーズ。
事故後、ハリビリ中の青年キース・キャビル。

ドキュメンタリーなので、もちろんみな実在の人物。
常勝チームアメリカが、元アメリカ代表のジョー・ソアーズの裏切りで、カナダ代表に負けてしまうと、
2004年アテネのパラリンピックで、そのリペンジを果たそうとやっきになる姿を通して、
選手一人一人の、人間性、彼らと関わる全ての人たち、車椅子の生活になった彼らの本音が、
驚くほど素直に伝わってくるストーリー仕立てになっている。

ドキュメンタリー映画の感想を書くのは、初めて。
しかも、ウィールチェアラグビーの話だけど、それを書こうとすれば、
ともすれば触れちゃいけない事と、なんとなく暗黙の了解になっている部分まで書く事になるかもしれない。
私は健常者であるから、もちろん彼らの苦労も、なんにも知らない。
でも、映画を見た感想は、素直に書く、それが私の心情なので、
すごく難しいのだけど、ちゃんと書こうと思う。

最初に、ウィールチェアラグビーを見て。
細かいルールは書かないけど、つまりはラグビーなので、ボールを持って、敵の陣地の線を越えたら1点。
点の高い方が勝ち。
ラグビーだから、タックルに相当する、相手を止める為に、車椅子をぶつけ合っても良い。
その荒々しいスピードや勢いから、“マーダーボール”の異名が付いたんだって。
まず思ったのは、とにかくカッコイイ!
カスタムメイドで、装甲車並みにゴツイフレームで覆われた車椅子が、戦闘意欲丸出し、激しいぶつかり合いで、車椅子ごと転がるなんて日常茶飯事。
勝負にこだわる姿は、迫力満点。
何より、相手を威嚇するように、タトゥーを刻んだ姿は、街ですれ違ったら、絶対目を合わせたくないくらいだよ。
みな勝負師。勝ち負けの世界で生きている人って、どの競技にしても、それぞれ迫力があるじゃない。
特に格闘家はそれが顕著だと思うんだけど、まさにそんな感じなの。

この作品の魅力は、某大手テレビ局の慈善番組の中のドラマのように、決してしなかった事。
そうしたくなかったって事は、制作の中心になったヘンリー=アレックス・ルービン、ダナ・アダム・シャピーロ両監督、プロデューサーのジェフリー・マンデルも公式HPで言っているね。
障害者を主人公にしたお涙頂戴映画だったら、多分私も見てないと思う。
某慈善番組を否定する訳じゃないんだけどね。
あれはあれで、当事者には、とても良いキッカケになっていると思うから。
実際、募金だって役に立っているだろうし。
ただ、番組の構成が気に食わないだけよ。

選手達の障害を持った事での、身体的、精神的な苦労話とかは、一切ないから。
彼らが言うところの“暗黒の2年”、その一言で終わり。
その代わり、家族や恋人との日常、勝負にこだわる真剣さ、そういう当たり前な事が、当たり前に作品に納められているんだ。

一番驚いたのは、というかそれは多分私が日本人だから驚いたんだと思うんだけど、
事故後、彼らが一番心配していたのは、またセックスができるかって事。
その為のハウツービデオもあるし、作品の中でも、流してくれてる。
アメリカ代表のマーク・ズパンも恋人がいて、彼女自身が、どうすれば彼とのひと時を楽しく過ごせるか、工夫しているのよ、って嬉しそうに話すのが印象的だった。
日本じゃ、人前でこんな事、話さんよな。絶対映画に納まる事もないでしょう。
でもさ、まだ若い男性なら、ナンパもしたいし、恋人とセックスもしたいし、ケンカもするだろうし、当たり前な事なんだよね。
カナダの監督になったジョー・ソアーズはポルトガルの出身で、故国では障害は恥という考え方があるようで、もしアメリカに移住してなかったら、こんな生活は送れなかっただろうって、ぼそっと語ってる。
ジョーは、アメリカを裏切った男として登場するけど、愛する妻がおり、愛する一人息子がいる。
父としては、スポーツを息子にやって欲しいけど、肝心の息子は、ヴィオラを弾く成績優秀な男の子。
そういう葛藤も、日常生活の一部だよね。
そのシーンを見て、あぁ日本もまだポルドガルと変わらんかなぁ、って思ったわ。
日本に住んでて、街で車椅子に乗った方、ほとんど見ないもんなぁ。
何しろ、電車は乗り降りが相当面倒くさいだろうし、必ず駅員さんの助けがいる。
車の免許取らなきゃ、出かけるのも不便そうだもん。
彼らの一人が、周りは自分達をガラス細工のように扱うって言ってたけど、
まぁ、人それぞれだから、一概には言えないけど、
彼らを見てると、何でもかんでも手伝ってあげようとする気持ちは、実は彼らには余計なお世話なんじゃないかって思う。
逆にプライドを傷つけているんじゃないかってね。
でなきい事は手伝うべきだけど、できる事まで手伝う必要はないって事だよね。

昔からワルだったらしいアメリカ代表のマーク・ズパン。
彼は、今は病院を回ったり、軍の施設を回ったりして、車椅子生活になったばかりの人の前で、自分の事や、ウィールチェアラグビーの事を、語って聞かせている。
見た目や発言はワルのままに思えるけど、そういう行動を見てしまうと、どこがワルだったのかって思うわ。
マーク・ズパンが出会った、まだ事故後まもない青年キースが、ズパンの試合用に車椅子に座らせてもらって、どこか儚げだったキースの顔が、みるみるうちに輝きだし、そのうち車椅子をどこかにぶつけてみたいと言い出し、果てはなかなかズパンの車椅子から降りず、楽しそうに車椅子を操っている姿を見て、感動的な言葉なんて何にもないし、ただ、そんなシーンをドキュメンタリー映像としてフィルムに納めただけなのに、なんでこんなに清々しい気持ちになるんだろうね。

泣かせよう、感動させようと、シナリオを作ったドラマより、何倍も記憶に残ると思うな。

2004年アテネ、パラリンピック。
リベンジを誓ったアメリカ代表は、結局カナダに負けてしまう。
この手の映画なら、まず勝って終わりでしょうけど、現実は甘くないね。
そしてアメリカに勝って、大喜びしていたカナダも、決勝でニュージーランドに負け、2位。
現実は小説より奇なり、だね。

カナダに負けたアメリカ代表の面々が、ロッカールームから引き上げてきて、
みなそれぞれ、恋人の腹の上で、家族に抱かれて、
悔し涙を流しているシーンは、ぐっときてしまった。
それは純粋に、勝負にこだわった彼らが、悲願を達成できなかったっていう悔しさに、見ているこちらも同調したから。
車椅子や障害がどうこうの話じゃない。
サッカーの日本代表の試合を見たって、オリンピックの日本人の活躍を見たって、
負ければ見ているこちらも悔しいし、勝てば嬉しい。
中村俊介だって川口能活だって、負ければ泣くこともあるでしょう。
それと一緒よ。
何も特別な事じゃないんだよね。
なんだか最後は、なんでパラリンピックなのかと疑問にすら思えきたよ。
同じオリンピックじゃいけないのかってね。
ただ、ちょっと条件が違うだけでしょう。
参加する事に意義があるって試合じゃないよ。
勝つ為の試合だもん。
みんな世界一を目指して、真剣にトレーニングに励んでいるんだもの。
あれだけ盛り上がるオルンピックの数日後、同じ会場で行われるパラリンピック。
知られてないよねぇ。
私もよくは知らんし。
ウィールチェアラグビーは、日本代表チームもあるんだよ。
この作品でも、ちらっとその姿を見る事ができるんだよね。
アメリカ代表とも、パラリンピックで試合をしているし。
ちょっと見たいと思わない?

やはりというか、どうも話が逸れ気味になっちゃうね。
とにかく、障害を持った方と、接する機会がほとんどないってのは、どうなんだろうかね。
アメリカ代表チームの面々は、小学生と交流してたよな。
乙武君がテレビに出始めて、あぁ日本も少しは変わったのかなぁ、って思った。
そういえば、私が小さい頃、母から見ちゃダメって言われたのは、障害を持った方が歩いてた時だったのを思い出した。
いまだに、手伝いが必要なのか、どう声をかけていいものか、悩む。
セックスボランティアという本が店頭に並んだ時、読もうかどうか悩んで、まだ読んでない。
映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」のエキストラ募集には、四肢の欠損などの特徴を持った方の募集があって、ちょっとびっくりした。日本じゃまずムリでしょう。
映画「ロード・オブ・ザ・リング」にギムリ役のジョン・リス=デイヴィスは、昔指先を失ったところに、特殊メイクの人に指先を作ってもらい、それをピーター・ジャクソン監督の前で、指を切ったから大変だ!というジョークをかましてて、すごい人だと思った。
泉谷しげるが足が悪いのは見て知っているが、SEX MACHINEGUNSのAnchangの右手は知られてない。

ヤバイ、話が逸脱しすぎた・・・

ともかく、一つでも私と同じように思った事があったら、この作品、見てみて。
それと、某慈善番組が嫌いな人も。
なんか分からんけど、ちょっと引っかかっていた事が、すっきりする感じがすると思うんだ。

キャストの日常の映像に挿入される、試合の映像。
ヘヴィメタルの音にのせて見る試合は、熱い!激しい!カッコイイ!
1秒1秒、刻まれる時間。
得点差は1点。
否がおうにも興奮するって。
完全に、スポーツドキュメンタリーだよ。
次の北京オリンピック。
いや、パラリンピックか。
日本のウィールチェアラグビーの代表チームが、この映画に登場するアメリカやカナダ、アテネ優勝のニュージーランドに勝ったっていうシーンが見たいな。
スポーツに夢中になる男性は、やっぱりカッコイイなぁ。
彼らは、本当にカッコイイ!
最後まで、話が逸脱しちゃったね。
ま、それでもいいか。

マーダーボール

マーダーボール

  • 出版社/メーカー: エイベックス・トラックス
  • 発売日: 2007/03/21
  • メディア: DVD


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小作でも良作 【ダークシティ】 [映画日記<2007年>]

「ダークシティ」をレンタル&視聴。

あ、キーファー・サザーランドが出てる~って事で、かなり軽い気持ちで、内容もよく分からない状態でレンタルしちゃったのだけど、なかなか当たりだったこの1本。

男(ルーファス・シーウェル)は目覚める。
バスタブの中、服もそこにあり、ホテルの一室。
しかし、男には、記憶がなかった。
オレは誰?
ココはどこ?
突然の電話。ドクター・シュレーバー(キーファー・サザーランド)と名のるその男は、オマエはある者達に追われているから、早く逃げろと言う。
ふと気付くと、ベッドの脇に、半裸で螺旋模様の刻まれた女性の死体が、横たわっていた。
男は部屋から逃げ出す。
エレベーターには、人影。
フロントの従業員が言うには、レストランに財布が忘れてあるという。
レストランで手に入れた財布には、ジョン・マードックの名と、自分の写真付きID。
ジョンは、残された記憶を頼りに、妻エマ(ジェニファー・コネリー)の元を訪ねる。
殺人の容疑者としてジョンを追う警察。
宙に浮き不思議な力を使う黒ずくめの男達もまた、ジョンを追う。
何か知っているらしき男ドクター・シュレーバー。
妻エマ。
そして、決して夜の明けぬ常闇の街に、ある時間になると一瞬で眠ってしまう住人。
ジョンは、自分の正体、自分を追う者達の正体、街の正体を暴く為、
常闇の街を歩き出す・・・

ドクター・シュレーバーのナレーションで始まるオープニング。
このオープニングで、実はこの作品の最大の核心である、異邦人・・つまりは異星人の存在がバラされているんだよね。
絶滅に瀕したその異星人達は、種の保存の為、宇宙の彼方で、青い星<地球>を見つけた、と。
そんな前提がバラされた上で、物語は始まるんだ。

ストーリーは、ジョン・マードックが、自分は誰なのか、を求める過程と共に進んでいく。
見に覚えのない殺人容疑と、妻と思しき美しい女性と、
自分を殺そうとする、黒ずくめ、白塗り、スキンヘッド、人とは思えない力を使う、かなり怪しい男達と、
違う意味で怪しい精神科医の男と、
最初っからコマはそろっているんだね。

ジョンは、ドクター・シュレーバーから話を聞き、最終的にはその目で確かめるまでは、この街の仕組みを、ちゃんと理解はできなかったのだけど、
ドクター・シュレーバーと、黒ずくめの男達の会話から、見ているこちらには、街の仕組みが徐々に分かるような展開になっている。
何度も出てくる言葉“刷り込み”がキーワード。
これは生まれたてのヒヨコが、最初に見たものを親と思う、というヤツと一緒。
脳に刷り込む、記憶に刷り込む、記憶を入れ替える、記憶を作り出す・・・

黒ずくめの男達、異星人がしようとした事は、人間の心を理解し、手に入れ、自分達がそのものに取って代わり、種の保存を成し得る事。
その為に、少数の人間を、作り出した街に住まわせ、何度も違う記憶を与え、その結果、どうような心情になるのか、
それを実験で明らかにし、学習しようとしていた訳だ。
より人間を知る為、一人の人間を利用し、つまり利用された人間がドクター・シュレーバーなのだけど、
彼を使って、実験を繰り返していた訳だ。
その為、住人の記憶は全て、ドクター・シュレーバーが作り出したもの。
街から出る事も叶わず、一瞬で記憶は別のものが刷り込まれ、
街も作り直され、
住人は、彼らの望む通りに、何度も違う人生を、繰り返していたのだね。

こういう設定は、確かに他にもあった気がする。
かつて、「週間少年ジャンプ」に連載されていた「アウター・ゾーン」(光原伸著)でも、異星人が人間を理解する為に、架空の街に住まわせて、データを取っていたっていうエピソードがあったな。
この時は、異星人が、絶滅しかけている人間を救う為だったけどね。
ちょっと趣きは違うけど、他種の思惑で、人間の方が操られていたという点では、映画「マトリックス」にも通ずるところもあるな。ダークシティをマトリックス内と考えるならばね。

今作「ダークシティ」は、その設定が、とてもよく生かされているよ。
タイトルはなんだかB級SF映画のようだけど、
常闇の街も、一昔前のロンドンのような町並みで、
錆びれていて廃れていて、どこか排他的で、心細くなるような雰囲気は、作品のテーマにぴったり。

ジョンの存在は、ようはマイノリティ(少数派)やアマノリー(例外)なのよ。
一人、時間になれば眠ってしまうはずの住人の中で、目覚めてしまい、
しかも、異星人が使う不思議な力、物を意思で変えられる力なのだけど、
ジョンはそれを持っていた。
ジョンが目覚めてから、目の前で繰り広げられる、常闇の街の不思議な現象を目撃し、
疑問がやがて確信に変わっていき、
ドクター・シュレーバーの出助けがあったにせよ、自分の力で異星人達を倒し、
メビウスの輪から解き放たれたのだから。
人の心を理解する為に、実験をするなんて設定は、いかにも異星人と相性が良いけれど、
宇宙船に吸い込まれ、あちこちいじられ、埋め込まれ、ってヤツね・・・
異星人の設定が、記憶を全員で共有し、個性や感情がない、という性格にしたのは、
その裏で、人間の心とは、そんな実験ごときで計れるようなものでなく、
とくに愛情は、そんな枠にはめられるものではない、っていう事が裏テーマとしてあるのだね。

街の真実を見て目を丸くし、眠ってしまった住人を前に怒りを顕わにするジョンは、とても人間くさい。
頼りなさそうで、しかし真実を求め突っ走るジョンが、だんだんヒーローに見えてくる。
ドクター・シュレーバーの助けで、真の力に目覚め、異星人をやっつけて、街を作り直し、限られた街ではあるけど、良い方向にやり直そうとするジョンが、最終的には清清しいよ。
演じるルーファス・シーウェルは、この作品が初主演らしいけど、よいテーマの作品に出会ったのじゃないかしらね。
次々明らかになる真実に翻弄されながらも、自分を見据える男を演じるは、演じがいがあるでしょう。

何気に、小心なのに、異星人を裏切る為に、こそこそとしかし着々と準備をしていたドクター・シュレーバーが、いいスパイスになっているんじゃないかな。
キーファーが、なりきって演じているのが、可笑しくもあり、迫るものもあり。
ヤッさんの往年のギャグ、“メガネメガネ”をするキーファーには、大笑い。
のび太を超えたな(笑)

98年作の割りに、CGも丁寧に作られており、
薄暗い町並みも、そんなに予算あったの?と思うくらい、よくできてる。
確かにとんでも話なのだけど、話を広げすぎていないから、説得力もある。
元々、異星人がいるっていうのが、最初っから了承されている展開だから、多少のムリも気にならないし、
徐々に明らかになる街の秘密に、見ているこちらも気づいた頃、
壁を壊して、その先に進もうとするジョン達の目の前が、
壁の向こう、すなわち、永遠に広がる宇宙空間が見えた時、
うわ~っと声が出そうだった。
街の全貌が分かるシーンは、思わず息を止めて見ちゃったよ。

見て当たりだったと思ったのは、どれも平均点以上の出来だと思えたから。
最後に、主人公がちゃんと勝つのもいい。
少し明るい希望が持てるのも、後味が良くていいよ。
太陽が、こんなにキレイだったなんて、って思うかもね。
知名度のない良作、なのかな。
そんな作品に出会えて、ちょっと嬉しいかも。

ダークシティ

ダークシティ

  • 出版社/メーカー: 東宝ビデオ
  • 発売日: 2000/09/21
  • メディア: DVD


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オヤジ魂 ジョン・マクレーン 【ダイ・ハード4.0】 [映画日記<2007年>]

「ダイ・ハード4.0」を見たよ!

3作目から約12年。
我らがジョン・マクレーンが帰ってきた!

独立記念日前日。
FBIのサイバー犯罪部が、ハッキングされる。
事態を重くみたFBIは、ブラック・リストに載っているハッカーたちを、片っ端からしょっぴいていた。
ニューヨーク市警のジョン・マクレーン警部補(ブルース・ウィリス)は、ニュージャージー州にいた。
妻ホリーとは離婚していたが、娘のルーシー(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)が気になるジョンは、大学まで様子を見て来ていたのだ。
ボーイフレンドと一緒にいるルーシーの前に現れたジョン。
ルーシーは、突然現れた父ジョンに、限りなく冷たい。
なんとかルーシーを部屋に帰したジョンだったが、そこへ非情な電話が。
ニュージャージーに住むハッカー、マット・ファレル(ジャスティン・ロング)をワシントンD.C.のFBI本部まで、連行せよとの連絡。
深夜、マットのアパートを訪ねたジョンは、いきなり銃撃を受ける。命を狙われたのはマットの方。
命からがら脱出し、翌朝、やっとの事でワシントンに着いたジョンとマットは、大混乱のワシントンを目前に、呆然とする。
独立記念日のアメリカ。
ワシントンはすでに、陸空の交通網、通信、金融、全ての回線を、サイバー・テロリストたちに制圧されていた。
システムの全てを手中に収めたのは、テロリストのリーダー、トーマス・ガブリエル(ティモシー・オリファント)。
彼は、全米を思い通りに動かし、巨万の富を得ようとしていた。
だが、彼は、まだ知らなかった。
この一件に、あのジョン・マクレーンが関わっている事を。
ガブリエルの仕組んだ完璧なプログラムの、たった一つの“バグ”。
ジョン・マクレーンの戦いが、今、始まる・・・

いや~。
迫力あるアクションに、ボヤきながらもテロリストと戦い、またもや望まざるヒーローになるジョン・マクレーン。
ついでに、大きな溝ができてしまった娘との絆。
オタクでハッカーの青年との友情。
あぁ~、すっきりした!
と、締めてしまいたいところだけど、それだけじゃぁ、さすがにツマらないので、
まぁ、ポツポツと書きましょうか。

ヒーローといえば、この人。
ブリース・ウィリスの当たり役、ジョン・マクレーン刑事の活躍を描く、「ダイ・ハード」シリーズだけど、
ジョンも、この12年の間に、すっかりハゲ、そしてオヤジになりましたな。
しかも、娘が美しい大学生ときた。
ジョンは、離婚した妻ホリーとの間に、1女1男。
ちなみに「ダイ・ハード」1作目で、出演してるよ。
不器用で口の悪いジョンの事だから、まぁ、娘の反応は、順当ってところでしょうね。
めでたく、煙たがられている父親になっているジョンが、なんだか可愛らしい。

ところで、今作の最大の注目ポイントと言えば、サイバー・テロVSアナログ人間ジョンでしょう。
何もかもがシステム化された今の社会では、一度ハッキングされてしまうと、こうなってしまうっていう、警告なのだね。
それにしても、“ファイヤー・セール”って名前がついているみたいだけど、このサイバー・テロは、かなり手際が良かった。
システム制圧の仕方が、結構見事。
結局、FBIは何にもできなかったもんね。
信号が当てにならない交差点や、管制塔が役に立たない空港、
つながらない携帯電話、停電、パニック・・・
現実に起こったら、本当に恐ろしい事だらけだわ。

そんなIT化された社会と、それを利用した犯罪に立ち向かうのが、
時代遅れのアナログ人間、ジョン・マクレーン、っていう構図が、楽しいのだよね。今作は。
前3作同様、運と経験と感と、己の肉体のみを酷使して孤軍奮闘するジョンが、とてつもなくカッコいい訳だ。
署での文書作成に、パソコンに向かって、両の人差し指で、キーボードを恐る恐る押すジョンが、なんとなく想像できてオカシイ。
銃片手に、敵陣乗り込んでいく時なんか、生き生きしてるのにねぇ。

映像技術の発達と比例して、ジョンの活躍も派手になっている部分は、指摘しない訳にはいかないやね。
すでに、人間技を超えてしまったアクションも、あるようなないような。
神業的な身のこなしを見せるジョンだけど、
それでも、な~んとな~く、彼だったらそれくらいやってしまうかも、と思わせる雰囲気が、ジョン・マクレーンにある気がする。
それは不思議なところで、冷静に考えれば、超人並みなのだけど、これはブルース・ウィリスマジックかしら。
ジョン・マクレーンなら、やってしまいかねないって、結構本気で思えるから。
それが、「トランスポーター2」との違いでしょう。
まぁ、戦闘機はねぇ・・・
あんなに小回りの効く乗り物なのかどうか、教えて欲しいわ。

ストーリーとしては、ノンストップなアクションに隠れてしまっているけど、
ジョンは、最初はマットを連行するだけだったのが、
いつの間にか、テロリストを逮捕する事に変わり、最後は、ルーシーを人質にとられ、ガブリエルVSジョン・マクレーンになってしまうあたり、お約束というか、上手いというか。
今作は1作目と違って、テロリストのリーダー・ガブリエルとは、電話や無線を使った会話だけど、すぐにジョンの正体はバレちゃうね。
しかも、IT時代、ハッカーがちょちょっとパソコンいじれば、警察のデータベースから、ジョンの個人情報がボロボロでてくる。
個人情報も何もあったものじゃないよ。
それと、監視カメラもちょっと怖いと思った。
街角、店内、あらゆるところに監視カメラがあって、それを掌握してしまえば、誰が今どこにいるのか、簡単に分かっちゃう。
それでジョンたちも、ガブリエルに居場所を知られて、毎度のピンチになるのだけどね。

過度なアクションもあるけど、ストーリー展開も簡素にまとまっていて、ジョンの活躍もたっぷり見れて、
しかも生意気なルーシーが、最後にはパパジョンに助けられて、しおらしくしちゃうあたり、
ベタだなぁ、と思いながらも、この安心感がたまらないってな具合いに、十分楽しかったと思うよ。
最後の最後に、マットが勇気を出せたのも、ジョンの頑張りのおかげでしょうし。
マットには、薄暗い部屋と、パソコンと、フィギュアと、肩掛けカバンがよく似合う(笑)

この4作目を見た事で、余計に思ったのは、
1作目のシチュエーションが、本当に素晴らしかったんだなぁ、という事。
改めて感じたわ。
毎回、孤軍奮闘ってところ変わらないんだけど、
とにかく1作目の、高層ビルの30階より下には行けない状況で、
電話もダメ、武器もない、応援もない、外に状況さえ伝えられない(パウエル巡査は除く)ってシチュエーションが、見ているこちらのテンションを、思う以上に盛り上げたのだよね。
2作目以降は、さすがに閉鎖空間を作り出せなかったから、やや緩慢な感じがするもん。
4作目だって、孤軍奮闘に変わりはないけど、
マットだっているし、応援もいるし、閉鎖空間ではないから。
それと、1作目は、とにかくビルの構造を利用したジョンの作戦が、相乗効果になっていたんだよね。
エレベーターシャフトとか、まだ工事中の階段とかね。
今なら、多少の高さや距離なんか、ほとんど気にせず、ジョンはジャンプしちゃうけど、
それは撮影技術の向上も手伝って、俳優自信が、例えばグリーンスクリーンなんかを使って、危険なシーンも安全に撮影できるっていうのが影響してる。
1作目はまだ、生身でやるしかないから、ほんのちょっとの距離を飛ぶにしても、命がけ。
銃をつっかえ代わりにして、肩掛けヒモをめいっぱい伸ばして、それにつかまってぶら下がって、なんてアナログな事してたもん。
でもそれが、強烈なリアリティだった事は否めないよ。
今は、簡単にピョン、だもん。
アクションの豪華さで言えば、もちろん過去の作品に勝ち目はないだろうけど、
その分、アイディアが生きてた気がする。
さすがに、戦闘機の上に飛び降りるなんて、誰も考えないよなぁ。
1作目のホリーにしても、今作のルーシーにしても、結局はジョン・マクレーンの家族って事で、やっぱり犯人に利用されちゃうってのは、ジョンも家庭を持った(事のある)人間なんだなぁ、ってしみじみだね。

必ずしも1作目と比べる必要はないから、
今作だけ見れば、ジョンはあいからわず望まざるヒーローとなり、孤軍奮闘カッコイイし、
口の悪さに隠れた優しさとか、父の娘を思う気持ちとか、織り交ぜて、
アクションだって、これでもかってほどの勢いで畳み掛けてくるし、
満足できると思うよ。
ジョンって、向かってくる敵には容赦ないけど、
一旦戦えなくなった敵には、ちゃんと優しいんだよね。
おやじ、カッコイイなぁ~。

テロリストのリーダーのガブリエルが、ちょっとスマートすぎたとか、
ガブリエルの恋人マイ(マギー・Q)の活躍が少ないとか、
上手い具合いに、ジョンがヘリの操縦を習っていたとか、
ツッコもうと思えばツッコミどころもあるんだけど、
多分ね、必要ないよ。
血まみれになって必死で戦うジョン・マクレーン、それだけで十分だって。
思い入れが強い人ほど、ただ妄信的にジョンをカッコイイと思うか、
逆に細かいディティールが気になって仕方ないか、
どっちかに分かれちゃうんだろうな。
私は前者。

そういえば、
今作、ジョンはようやっと、一件落着の後、救急車に乗って病院行ったね~。
これ、気になってたのよ。
だって今まで1回も行ってないよ。
1作目だって、血流しながら、リムジンで妻ホリーといなくなっちゃったしね。
ジョンの「もう痛い思いはしたくない」ってセリフに、
そりゃそうさ~って。

もし今回初めて「ダイ・ハード」シリーズを見たって方がいて、
「ダイ・ハード4.0」を面白いって感じたら、1作目見てみて下さいね。
絶対、楽しめるから。
まだまだ、ブルース・ウィリスのヒーロー伝説は、終わって欲しくないなぁ。
もちろん、ジョン・マクレーンも。ね。


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この、裏切り者~! 【カオス<CHAOS>】 [映画日記<2007年>]

「CHAOS カオス」をレンタル&視聴。

とある人質事件で、二人の刑事が処分された。
一人は謹慎。一人は懲戒免職。
犯人と共に、人質の女性までもが射殺されたのが原因だった。
現在、米シアトル。
グローバル銀行衝撃事件発生。
犯人は、行内にいた数十人を人質に立てこもっている。
主犯の男ローレンツ(ウェズリー・スナイプス)は、交渉に謹慎処分中のコナーズ刑事(ジェイソン・ステイサム)を名指しする。
現場復帰せざるを得なくなったコナーズは、SWAT隊を率い、突入寸前、
行内から爆発が起き、逃げ惑う人たちにまぎれて、犯人を取り逃がしてしまった。
犯人たちの狙いは、中東の王子の貸金庫かと思われていたが、
結局、何も盗まれてはいなかった。
コナーズは、本部長よりお目付け役でつけられた新米刑事デッカー(ライアン・フィリップス)と共に、犯人を追い始める。
奇妙な銀行強盗の目的は何か。
犯人は何をしたかったのか。
コナーズとデッカーは、ついにローレンツ一味を追い詰めたのだが・・・

“カオス理論”を巧みに絡めたテイストの作品を作りたかったよう。
なのだが、“カオス理論”が何ちゅーものか知らんでも、全く問題なかったりする。
むしろ、小難しい理論を考えるより、
単に、どんでん返しが巧妙な、サスペンスものだと思った方が、楽しめると思うよ。

主役級のキャストは、正に主役コナーズ刑事役のジェイソン・ステイサム、新米刑事の相棒デッカー役のライアン・フィリップス、主犯役のウェズリー・スナイプスと3人いる。
誰の一人称で見るかで、この作品の面白さのレベルが変わってくるんじゃないかと思うんだ。
一番のお薦めは、新米刑事デッカーの視線で見る事。
先に言うと、オチのある作品なので、ずっぽりハメられた方が、楽しいはず。
出来としては、ものすごいというほどでないにしろ、騙された方が楽しいから。
なので、デッカーの視線でこの作品を見る事にしましょう。
初の試み。
この先は、デッカー刑事の一人称で、この事件を追ってみましょう。

ボクはデッカー刑事。
まだ新米。
今日起きた銀行立てこもり事件で、しばらく謹慎中だったコナーズ刑事のお目付け役を、本部長から押し付けられてしまった。
コナーズ刑事は、別の人質事件でしくじって、謹慎中だったのだけど、現場復帰してみると、なんだ、みんなから信頼されている、いい刑事みたい。

大変だ。突入寸前、銀行は爆破され、犯人はみんな逃げちゃった。
ところが、何にも盗まれていないんだって。
ボクは、犯人とコナーズ刑事の交渉の会話を、もう一度聞いてみる事にした。
なるほど、わざとある言葉を強調したりして、きっとこれは、何か意味があるはずだ。

監視カメラに写っていた、犯人のうち最初の一人を追い詰めたぞ。
逃げる犯人を、ボクは無我夢中で追いかけて、あぁ、取り逃がす寸前、コナーズ刑事登場。
さっすが~。
そいつが持っていた金は、押収され警察に保管されていたものだ。
匂いが付けられているから、分かるんだって。
持ち出したのは、先の人質事件で、コナーズ刑事と相棒を、仲間を売る証言をした刑事だ。
彼が犯人ローレンツなのか?
ところが、彼も自宅で殺されちゃった。
手ごわい犯人だ。
続いて、コンピュータ担当だった一味の男も殺されちゃってピンチだったけど、
やった~、
残りの二人が、ローレンツと会う約束をしているんだって。
さぁ~、張り込みだ。

3人が落ち合うはずの家に、ローレンツは遅刻してる。
周りは警察がかっちり固めているのに、遅いなぁ~。
そんなこんなで、こっちが張り込んでいるのがバレちゃった。
こうなりゃ、突入だ~。
えっ?爆弾?
大変だ~。この家、爆弾が仕掛けてあるよ~。逃げなきゃ~。
どかーーーーん!
あぁ、コナーズ刑事がいない!
家ごとふっとんじゃった。
死んじゃったよ。
ガーン・・・
よーし、ボクが絶対犯人を逮捕するんだ。弔い合戦さ。

さぁ、ローレンツ、追い詰めたぞ。
いや、ローレンツじゃない。
オマエは元刑事だな。人質事件で懲戒免職になったからって、その復讐だって?
しかも、ボクが思わぬ伏兵?
ボクを甘く見たツケだ。
大人しく縛につけ!
えいやっ!
結局、殺されそうになって、逆にやっつけちゃったけど、これはボクのお手柄。
これでコナーズ刑事も浮かばれるかなぁ。

うーん・・・
なんかおかしい。
なんか腑に落ちないよ。
なに~?
銀行の取引が、今日だけ数倍?
明日の朝には、複数の顧客口座から、ほんの少しずつ、架空口座に振り込まれる?
それを合わせると、相当な額になるって?
こんな手の込んだ、銀行強盗なんて誰がするんだ?

コナーズ刑事・・・ボクはボクは・・・
ん?
ボクのお札に匂いが・・・
このお札は確か・・・

あなただったんですね?
コナーズ刑事。
やはり生きてらした。
このお札は、元はあなたのです。
何故です?
先の人質事件が、やはり原因ですか。
相棒と計画なさって、で、見捨てちゃったんですか?
今、どこです?
ボクはあなたを追って、空港まで来たんですよ!
コナーズ刑事!
どこです?

真相に気づいたデッカー刑事。
しかし彼の努力も虚しく、コナーズは大金と共に、空港から飛行機に乗って、姿を消してしまいました。
一件落着。ちゃんちゃん。

というお話。
分かって頂けたかしらん?
この作品、コナーズ刑事の視線で見ると、大して面白くないんだよね。
だって、いいように犯人にやられちゃって、
部下に信頼され、いい刑事のはずなのに、途中、犯人の罠にハマって、爆死しちゃうし。
え?これで終わり?
真相を暴くのはデッカー刑事?
そうなん?
ってなるんだわ。
でも、ライアン・フィリップはサード・クレジットだよ。
まさかそこから先、彼がリードするの?って、結構素直に思ったんだよね。最初はね。
でもさ、すぐ、このままジェイソン・ステイサムが終わるはずないって思ったら、
あぁ、こりゃ、あれか・・・って気づいたわ。さすがにね。
しかも、爆発後、死体の数、確認しちゃいないし、じゃ、いつまで引っ張るのかな、なんて思って。

ローレンツは、貧乏くじ引いたね。
すごい虚しい役回り。
懲戒免職だし、復讐の計画は、途中で見捨てられちゃうし。
いいとこなし。
でも、犯人と刑事だと思っていたローレンツとコナーズが、実は先の人質事件の刑事で、その待遇の復讐でこの銀行強盗計画を立てたってのは、やや驚き。
回りくどいことしてるけど、結局は金ってところは、安っぽいけどね。

デッカー刑事は、ある意味オイシイ役回り。
ローレンツとは真逆。
最初、本部長手先の、悪いヤツかと思ったら、ぜんぜん逆だったね。
頭のキレる、やり手。
しかも、素直でいい子ときた。
彼が最後、生きていたコナーズを追いかけ、空港を疾走する姿は、ちょっとカッコ良かったよ。
逃げられちゃったけど。

作中、何度も“カオス理論”について、解説するようなセリフが出てくる。
一見バラバラに見える事でも、実はそこにも法則がある。
カオスの中の法則。
まぁ、そうなんだけど、あまり効果的じゃないと思うな。
そんなの知らなくても、作品楽しめるし。
ベタベタだけど、コナーズの裏切りの方が、よほど主題だと思うんだけどね。
どうだろう。

ま、ともかく、
手軽に楽しめる作品だよ。

カオス<CHAOS> DTSスペシャル・エディション

カオス<CHAOS> DTSスペシャル・エディション

  • 出版社/メーカー: ハピネット
  • 発売日: 2007/04/25
  • メディア: DVD


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復讐・・・ 【プレステージ】 [映画日記<2007年>]

「プレステージ」を見たよ!

この作品、見てから1週間たっちゃった。
ダラダラと数日に分けて書いていたら、ものすごい長文になり、しかもあまり中身がないときた。
オチがある作品なのに、あいからわずネタバレしているし、
それでもよければ、続きをどうぞ。

19世紀、ロンドン。
刑務所で死刑執行を待つ一人の男がいる。その男の名はアルフレッド・ボーデン(クリスチャン・ベール)。
彼は、同じマジシャンのライバル、グレイト・ダントンことロバート・アンジャー(ヒュー・ジャックマン)を殺した罪で、死刑判決を受けていた。
アルフレッド・ボーデンとロバート・アンジャー。
同じ時代に生き、ライバル同士だった二人は、まだ若かりし頃、同じマジシャンの助手として“サクラ”を演じている最中の、水中脱出のマジックでの事故が、その後の二人の運命を狂わせた。
手足を縛られ、縄抜けをしながら水中から脱出をするは、アンジャーの妻ジュリア。
だが彼女は、手首を縛った縄が抜けず、ショーの最中に溺死したのだ。
その手首を縛ったのは、他ならぬボーデンだった。
アンジャーはボーデンに執拗に迫り、仕返しの応酬は、やがて復讐へと姿を変えてゆく。
時はすぎても相変わらずのライバル同士、瞬間移動のマジックで、二人が雌雄を決する時がやってきた・・・

最初は単純に、マジシャン同士のマジック合戦なのかと思ってたのだけど、とんでもない、誰がドロドロの復讐劇を想像する?

まず、監督が、あの時間軸が逆転してストーリーが進んでいく作品「メメント」を撮ったクリストファー・ノーラン。
「バットマン・ビギンズ」の方が有名だろうけど。
この作品「プレステージ」も、若干、時間軸が逆転したり、交互になったりするから、そういう点では見づらさもある。
オープニングはいきなり刑務所の中のアルフレッド・ボーデン。
つまり、もうある程度事が済んでしまっているところから、映像が始まるんだわ。
でもこれが終わりじゃなく、その後過去から順番通りに見せていって、また現在に戻ると、あれー?って事になるって訳だ。

復讐合戦は、まず、アンジャーがボーデンの手を撃ち、ボーデンはそのケガが元で、左手の薬指と小指を失う。
そしてボーデンは、小鳥を消すマジックをしているアンジャーに、ステージ上で、死なないはずの小鳥を、客の目の前で圧死させる。
ついでアンジャーは、ボーデンの右腕ともいうべきファロンを拉致。
ファロン救出の条件は、ボーデンのネタ帳である日記を、アンジャーに渡し、日記を読み解く為の暗号を教える事。
日記と暗号を渡したボーデンは、間一髪ファロンを救い出す。

アンジャーは、自分の助手をしていたオリヴィア(スカーレット・ヨハンソン)をボーデンの元にスパイとして送り込んだり、
だがオリヴィアはアンジャーを裏切る。

やがて瞬間移動マジックに固執してゆく二人。

ボーデンの瞬間移動マジックは、素晴らしい出来ではあったが、ステージの見せ方としては、アンジャーの方が上。
ボーデンの瞬間移動のタネが、替え玉を使っていると読んだアンジャーは、自分も似た人物の替え玉を用意し、瞬間移動マジックを始める。
しかし、裏切ったオリヴィアのせいで、ボーデンが仕掛けた罠にはまり、ステージ上で替え玉が弄ばれ、さらに瞬間移動の際、床下に落ちるアンジャーのクッションをボーデンが移動し、アンジャーは片足を骨折。
そこまできても、また納まらない、諦めないアンジャーは、手に入れたボーデンの日記を頼りに、アメリカのコロラドまで赴き、電気を使ったマシンを作る、ニコラ・テスラ(デヴィド・ボウイ)の元を訪れる。
そこで、瞬間移動マシンの製作を待つ事になった。

実をいうと、この瞬間移動マシン。
もともとはボーデンの依頼であったはずが、日記を読んだアンジャーの横取り状態になる。
と、思いきや、そうでもなく、
ボーデンがアンジャーに渡し日記も、実は作り物であり、テスラも嘘になるはずだった。
ところが、テスラが製作中の瞬間移動マシンは、実在したのだ。

ある事実を受け入れ、瞬間移動マシンと共に、イギリスに帰国するアンジャー。
アンジャーの瞬間移動マジックは、まさに本物であった。

アンジャーの瞬間移動マジックを見たボーデンは、内心穏やかでいられるはずもない。
仕掛けた日記で、ぎゃふんと言わすはずのアンジャーが、本物のマシンと共に、ステージに戻ってきたのだから。

ちなみに、オープニングで刑務所でボーデンは、自分が殺したとされているアンジャーの日記を読んでいるのだけど、
これもまた仕掛けが・・・
アンジャーの復讐は、こんなところにも及んでいて、ボーデンが死を待つ間、本物だと思って読んでいたアンジャーの日記もまた、作り物であった。

この作品の醍醐味は、絶対にラストの種明かし的な部分。
アンジャーの瞬間移動マシンの秘密と、
ボーデンの瞬間移動マジックのタネと、
ボーデンが殺したとされているアンジャーの秘密。
これに尽きるでしょう。間違いなく。

復讐の連鎖が止められない二人だけど、実は似たもの同士。
二人の共通点は、マジックの為なら、プライベートに犠牲はつきもの。
マジックの為なら、手を汚す覚悟も辞さない。
ステージの為なら、普段から周囲を謀る事も厭わない。
そういうところは、同じだね。

二人の瞬間移動マジックには、決定的に違う点がある。
それは、つまり、マジックのタネなのだけど、
このタネ、思わぬところで、SFの世界に入っちゃうんだわ。
アンジャーが手に入れた瞬間移動マシンは、本物・・・本当に本物だったんだわ。
ただし、ただしがつくのだけど、
瞬間移動ではなく、違う場所に、まったく同じものを生み出す、というマシンなんだ。
コピーが作れるの。
帽子だろうと、ネコだろうと、人だろうと・・・

本物の瞬間移動マシンを、正確には、瞬間コピーマシンを手に入れたアンジャーは、
そのマシンとともにステージを飾るが、
もちろん彼にも、犠牲や手を汚す覚悟が、ついて回るようになる。
なぜなら、コピーができるという事は、どちらかが消えなければならないという事だから。
瞬間移動なのだから、二人いちゃ困る、訳だ。
アンジャーが選んだのは、コピーでできあがった自分を残し、
瞬間移動で消えたはずの自分を、こっそり葬る事。
葬る訳だから、正に言葉の通り、そのまま、自分を殺す事。
ステージのたびに、彼は、自分をコピーし、自分を殺す。
それは彼だけの秘密で、ずっと親身にアンジャーを助けてくれていたカッター(マイケル・ケイン)にすら、秘密のまま。
消えたものには、誰も興味を持たない。
彼の言葉が、虚しい。

そして、ボーデンの瞬間移動のタネは・・・
これはアンジャーやカッターが予想した通り、そっくりな替え玉を使った、タネとしては全くの平凡な仕掛けだった。
ただ、ボーデンが違ったのは、替え玉は替え玉でも、二人はそっくりな双子だった事。
しかも二人は、二人で一人。
二人で、ボーデンと、助手のファロンと、演じていたのだ。
しかも交互に。
ボーデンとファロンは、他人であって他人でない。
それを良しとして、二人、マジック界生きてきたのだ。
犠牲は大きい。
二人は二人の女性をそれぞれ好きになるが、
女性にしてみれば、ボーデンを愛した事に変わりはない。
二人の女性に、ボーデンは一人。
幸福になれるはずがない。
片方が指を失えば、片方も合わせて、自ら切断。
最後のオチは、アンジャー殺し。
彼が犠牲にしたものは、大きい。

アンジャー殺しの真相は、
これもアンジャーが狙った通りの展開。
ボーデンを、最後の最後で、復讐の最終段階として陥れる為に、
アンジャーは、ボーデンの目の前で、死んでみせる。
ボーデンは、アンジャーの瞬間移動マシンの真実は知らないから、
殺した方のアンジャーを、目の前に突きつけられ、とうとう殺人まで犯した事にさせられる。
ボーデン死刑の寸前、
ボーデンの娘を引き取り、アンジャーが残したマシンの全てを買い取りたいという、貴族が現れる。
実は、アンジャーの日記を、獄中のボーデンに送ったのも、この貴族。
娘を、劣悪な環境の施設へ入れたくないボーデンは、その貴族を頼りに、娘の面倒を頼む。
死刑執行間近、ついにボーデンの目の前に現れたその貴族は、アンジャーその人だった。
マシンの真実を知らないボーデンは、愕然とするが、いまさら死刑が撤回されるでもなく、
ボーデンは、虚しい最期を迎える。

その頃、死んだはずのアンジャー、
実は、何回目かのコピーのアンジャーなのだけれど、
とにかく彼は、ボーデンの娘と、仲良く生きる事だけを考えていた。
それで全て終わり。
マシンを人目のつかないところへ、地下の倉庫へ移動し終わったアンジャーは、
物音に気づき、その方へ目をやると、
そこにはボーデンが立っていた。
正確には、片方のボーデン。またはファロン。
彼が迷う事なく、アンジャーの胸を撃ち抜くと、アンジャーは静かに膝から崩れ落ちる。
ボーデン、もしくはファロンと呼ばれた男は、アンジャーの瞬間移動の秘密をその目にしならがも、
彼に自分のタネの秘密を語るのだった。
意識がなくなる寸前のアンジャーと、全てを語るボーデン。
そんなアンジャーの周りには、
瞬間移動で消えたはずのアンジャーが、たくさん死んでいた。
消えた方のアンジャー。
ステージの数だけ、そこには死体が隠されており、その死体は、撃たれて死んだアンジャーを静かに見つめていた。

結局、どちらの復讐が成功したと言ったらいいんだろう。
二人ともいろんなものを失い、勝ったとも負けたとも言える。
やはり、虚しい。
事故か故意か、ともかくアンジャーの妻の死が原因のこの因果。
アンジャーの死をもって終了なのは、ちょっとアンジャーが気の毒な気がしないでもない。
ボーデンは、半分の自分とも言うべき双子の片割れを失ったが、
確かに一人は生きているのだから。
もうどちらの娘だったか定かではないけれど、
一人娘だって、他人の手には渡さなかった。
ボーデン、の片割れが、それで幸福になれたとは思えないけど、少なくとも、それ以上、不幸にはならないのじゃないかしら。

個人的には、引田天功のような大掛かりなマジックよりは、
近距離のテーブルマジックとか、身近にあるもので行うマジックの方が好き。
マリックさんが、東急ハンズに入り浸って、ネタを探しているのを知った時、とても親しみを感じたしね。
なので、この作品の中では、アンジャーが小鳥を殺さないマジックをするのに、発明した妙な装置が出てきた時、ワクワクしちゃった。
逆に、アンジャーが手に入れたあの瞬間移動マシン、瞬間コピーマシンか、あれは卑怯といえば卑怯。
飛び道具以上だもんな。
それを良しとして見ないと、元も子もなくなっちゃう。
「デジャヴ」ももうだったけど、突然のSFが登場する作品は、要注意だわね。

結局、この作品を通して伝えたかったものって、実は分かりずらい。
マジック界のみならず、アーティストの世界は厳しい、とか、復讐の虚しさとか、まぁあるのだろうけど、
後味の悪さも手伝って、ややごちゃごちゃとした世界に思えた。
でも、クリスチャン・ベールも、ヒュー・ジャックマンも、さすがな感じなのだけどね。
許容すべき要素は多いけど、それでも面白かったと言っていいと思う。
もし、もう一度見るなら、ボーデンとファロンを見比べてみたい。
恐らくクリレスチャン・ベールが、二役演じているはずだから、その変装っぷりが楽しめるはず。
19世紀の衣装が、ヒュー・ジャックマンは似合いすぎ(笑)
というか、クリスチャン・ベールも、デヴィッド・ボウイも、マイケル・ケインも、ついでにアンディー・サーキスも、みんな似合っていたね。
まぁ、絶対映画館で!という感じでもないから、レンタルDVDなら、ボーデンとファロン、見比べられるね。
まぁ、こんな長すぎる感想で、誰が見る気が起きるかって、思わないでもないけど、もし面白そうって思ったら、見てみて下さいな。


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