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「ザ・ウォーカー」と「ザ・ロード」 【独り言】 [徒然日記]

「ザ・ウォーカー」と「ザ・ロード」。
同時期に似た設定の作品を見たので、おこがましいとは思いつつ、比べてみたりしようかと思う。

どちらも終末世界を描いた作品。
「ザ・ウォーカー」は戦争で文明が崩壊しており、「ザ・ロード」は天変地異。
でも主人公は正反対だわね。
前者はめちゃくちゃ強いヒーローで、後者はただ普通の父親。

前者は、とにかく映像加工で世界観を出しており、舞台は砂漠だったり荒涼とした大地だったり、町は薄汚く埃っぽい。
後者は、やたらと生活観の残るゴーストタウンだったり、空き家だったりで、ずっと雨が降っており、とても寒そう。

この主人公を取り巻く世界の描写という面で、全く違う作品になっているのだと思うな。
あくまで映像にこだわる「ザ・ウォーカー」は、とても劇画ちっく。
マンガの世界に似てる。
主人公の強さも現実味がないけど、強さだけでなく、主人公自身がマンガのヒーローみたいだ。

「ザ・ロード」の徹底したリアリティーは、現実世界として認識できる。
古い自販機をガタガタさせて、なんとか中身を取り出そうしている姿なんて、ちっともカッコよくないし、まずホームレススタイルからして、笑えるくらいあり得そうじゃない。
誰でも考えそうな事を、しっかりやっているから。

でも、いずれ、食人をするものが現れる、という考え方は、とても似ているのね。
食料が底をついた時、やはりそれを考えるものなのだろうか。
山で遭難したパーティーが・・・なんて実際にあったんだっけか。
しかも主人公が、それを良しとせず、かたくなに常識を守ろうとしているのも同じ。
ま、主人公が善でなくなったら、誰も主人公に感情移入できなくなるけどね。

終末世界を描く時、人はもう全てを諦めてしまっているのね。
どちらの作品も、人は考え先へ進もうとするのを諦めている。
その場に留まり、そこでただ何とかしのごうとしかしていない。
みんなで協力して、なんて考え方も表れない。
「ザ・ウォーカー」には町が存在したけど、それも西部劇の町みたいで、独裁者が牛耳る昔ながらの町だった。
どうしてなんだろうね。
その方が物語として面白い、と言われたら、はいそうですか、なんだけど、終末の世界で、生き残った人々が協力してよりよい方向へ行こうと努力をする、という考え方にならないのかね。
個人主義の国のなせるワザなのかどうなのか。

なんかエイリアン系の地球襲撃物語には、みんな協力して立ち向かうのに、文明が滅んでしまうと、人の心まで滅んでしまうのだろうか。
そうじゃない作品、あるよね?

なぜ、この同じ時期に似た設定の作品が上映されたのか、といえば、日本での公開時期が本国と異なるし、「ザ・ロード」に関しては、元々上映が延び延びになっていたようだから、偶然というば偶然なのだよね。
それにしても、ほぼ1週違いで見た両作品だから、ついつい、頭の中で、あっちはこうだったけど、こっちはこうなのね、と考えながら見てしまったよ。
「ザ・ロード」の徹底したリアイリティーが、本物のロケーションだったというのに感心したのだって、「ザ・ウォーカー」がCG多用の作品だったからだし、「ザ・ウォーカー」で全く感じなかった不安が、「ザ・ロード」で後を引くくらい感じられたのは、そのリアリティーの差だったのも、納得。
だからと言って、「ザ・ウォーカー」だダメだったという訳ではなく、デンゼルが演じたイーライは、エンターテイメントの映画の主人公してはカッコ良く、元々楽しみとして見る映画なのだから、及第点。
「ザ・ロード」は娯楽としては、重すぎる。

デンゼルもヴィゴも、演技派として知られる俳優さん。
比べるのもおこがましいけど、これが逆なキャスティングは考えられないところが、個性なのだよね。
人に勧めやすいのは「ザ・ウォーカー」。
記憶に残したいなら「ザ・ロード」。
たまには、比べながらの観賞も、興味深いかもしれないね。
何度も言うけど、おこがましいのだけどね。


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