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こりゃダメだぁ、な話 [徒然日記]

がん発見から根治手術を経て現在まで約1年。
普段、負けず嫌いな性格も手伝ってか、気合いと根性(笑)でなんとかなってきたワタクシでございますが、
こりゃちょっと気合いじゃダメだなと思った事を、ランキング形式でお届けしたいと思います。

まず、第5位、便秘。

最初からすまぬ。
これは最初の頃、初めて仮ストマちゃんを作成した時の事。

地元の病院での大腸内視鏡ででっかいがんを発見して以来、
都内の大学病院へ転院、検査を経てそこで、どうせ病院に入院してるんだから、まあ何かあっても大丈夫でしょってんで、それまで3週間ずっと絶食だったのが流動食ならOKになったんですよ。
まぁそのおかげで約15キロ痩せましたが(笑)
元々減る分が付いてたって事です。ないものは減りませんから(笑)

ちょいちょい書いてますが、腸閉塞が怖くて、絶食だったんですね。
とにかくデカイがんだったので、そこでウ〇コが詰まるともう大変。
詰まるだけでもちょー痛いのに、もし万が一、破裂でもしたら、しなくてもちょっとでもウ〇コがお腹に漏れちゃったら、それこそ生死を彷徨うと。
これは先生にも最初に脅された(笑)事なんですけど、絶っっっ対に、絶っっっ対に、ウ〇コが原因で死にたくない!

てな訳で、このまま流動食でずっと過ごすっていうのも選択肢ではあったのですが、放射線治療が始まって落ち着けば退院して自宅から外来に通うって決まってたので、
自宅でずーっと流動食なんてムリ。
そこで仮の人工肛門を作りましょうかってなるんですよ。

これ、まだ仮なので、今ある場所じゃなくって、おヘソより上の、横行結腸のところに作ったんですけど、
腸を切っちゃうんじゃなくって、つながったまま、一部を身体の外に持ち上げて、穴を作って、そこからウ〇コが出るようにしたストマなんですよ。
ストマから先の腸は使いはしないんですけど、人間、食べなくてもウ〇コは出るんです。
腸のいらない粘膜とか細胞とかがウ〇コみたいに出るんです。
テレビでもやってましたね。これ。

なので手術で仮のストマちゃんを作ったのですが、腸がかなりむくんでしまって、ストマちゃんもむくんで、かなり大きかったんです。
ちょうどむいたみかんみたいな感じ。

想像できるかと思いますけど、むくんだストマちゃん。
当然穴もむくみで狭くなってて、そこへ、ようやくご飯が普通に食べられるようになる過程の私が、いやっほーい!ってんでご飯をもりもり食べてたもんで、ようは詰まったんですね。
ウ〇コが。

まぁ上行結腸(右側の下から上ってくるところの腸)が張っちゃって痛い痛い。
寝れなくなって、その翌朝、もう先生にギブアップして、溜まったウ〇コを抜いてもらったんです。

正に、便秘解消。
スッキリとはしましたが、まさかのレントゲン透視の施術台に寝て、先生にストマちゃんからチューブでウ〇コを抜いてもらうはめになるとは。
しかも朝イチ。
もう便秘だけにはなるまいと心に誓いましたよ。ホント。

ちなみに人工肛門になるって決断するのに迷ったのは一晩。
結構動揺しましたけど、やっぱりずっと流動食なんてムリだって悟ったら、案外すんなりと受け入れられました。

あと、この仮の人工肛門。
直腸がんが小さくて、切ってつなぎ直していずれちゃんと自分でウ〇コできるって手術でも、傷が治るまでの間、人工肛門になります。
ほんの数か月間でも。
それと仮の間は装具費用の負担など何もないので、実は出費が痛かったりします。
障がい者手帳は永久的な人口肛門が適用なので。

続いて、第4位は、脱腸。

またまたすみませぬ。
これは、仮のストマちゃんの時、脱腸したんですよ。
前述した仮のストマちゃんの、使ってない穴より先の腸が、ストマちゃんのところからびよーんって外に出ちゃったんです。
しかも15センチ以上。

まずすごい痛くなって、何事かと思って見たら、何かがパウチ袋の中にびよーんって出てて、私最初、ストマが腫れちゃったんだと思ったんです。
で、こりゃもう病院行かないとダメだって。
なんと父の四十九日法要を身内だけで行った後で、ようは宴会の後だったんですよ。
中華料理を食べて、お酒も飲んでた。
それが原因でストマちゃんが腫れちゃったのかと。

駅まで自力で行ったものの、もう痛くてこれはムリだと。
でも病院いかないとどうにもならないので、駅員さんに救急車呼んでもらいました。
休日だったので大学病院の救急外来に連絡はしてたので、そこへ行きたい旨を伝えて。
その時はじめて、救急隊員の方の「腸管が出てる」って言う会話を聞いて、
えーっ!これ出ちゃったのって腸なの?!って。

たまにあるそうです。後で先生に聞いたところによると。

病院着いて、緊急外来の先生方も、なんとか出ちゃった腸をお腹に戻そうと努力してくれたんですが、お腹の中って腹圧っていって、圧がかかってて、出ちゃったら最後、なかなか入ってくれないんです。
交通事故とかで腹部にケガしちゃうと、やはり腹圧で腸が出ちゃうなんて事もあるそうで。

腸も素直に戻ってくれれば良かったのですが、なかなか戻らないうちに、また腸がむくんじゃって。
腸も血液流れてるじゃないですか。
この血流が滞ると、腸が壊死しちゃうので、あんまりのんびりしていられないんです。
なので、緊急手術でストマちゃんの側を2~3センチ切って、結局その隙間から腸を戻すはめになりました。
緊急搬送に緊急入院に緊急手術。またもやフルコース(笑)

腹圧かかっちゃうとさらに腸出ちゃうから寝たまま起きられないし、痛いし、腸出たままだし、もう勘弁ってずっと思ってました(笑)
ま、今は永久ストマになったので、この心配はほぼなくなりましたけど。
でもこの脱腸の後、脱腸がクセになってしまって、しょっちゅう自分で腸を押し込んでました。
自分で腸を押し込むなんて、私以外にどれほどいるのか、自問自答した事を付け加えておきます。
つか、こんなんできるで~ってちょっと自慢げ?(笑)
ってなるかいっ!

続いて、第3位は、尿管ステント留置。

これはでっかいがんが片方の尿管を巻き込んでて、おしっこが詰まったらそれこそ大変って事で、尿管にステント(なんだろ金属っぽい何かでできてる管)を留置しておく事になったんですよ。

人間、おしっこもウ〇コも詰まったら終わり。
人間だけじゃないか。生き物全般。

これまずステントをどうやって留置するかって事なんですけど、ぶっちゃけ、台の上に両足置いておっ広げ、おしっこ出る穴からライトとカメラのついた器具をぶち込んで、膀胱の上部にある小さな尿管の穴(腎臓につながってる)にステントねじ込むんです。

子宮がん検診とかだと、婦人科ってすごい気を遣ってて、分娩台みたいなおっ広げ系の診察台でも、カーテンで先生と直接顔を見なくてもいいようになってたりするじゃないですか。
でも尿管だから泌尿器科なんですよ。
婦人科みたいな気の遣いようなんて全くなし!
それこそ施術台に寝っころがって、そのまま大開脚。
その間に先生が入って、それじゃ入れまーすって感じ。

それだけならまだそういうもんだと思ってガマンもできますが、これ、とにかくもうとにかく痛いんです。

器具を挿すおしっこ出る穴の部分も痛いんですが(これはそれでも麻酔塗りました)、それよりなにより、ステントが入る尿管が痛いんですよ。

ちょうど、手を腰に当てた時の、背中側の辺り。
腎臓も尿管も二つあるから、二度痛い。

そもそも痛み止めなどを使わない施術っぽくて、痛いのは基本ガマンするみたいですけど、当初先生の説明だと、たいした事ないって言われてたんですよ。
なので油断してたら、とんでもない。
若いほど痛いらしく、お年を召すほど痛くはないらしいです。
でもワタクシ、アラフォーとはいえまだ若い方に分類されるんですよ。

入れるのも痛いけど、入れた後も痛かったんです。
むしろこっちの方が切実に痛かった。
ステント入れて、病棟に戻ったあと、もう痛くて痛くてどうにもならなくなって、ナースコール。
もうベッドで悶絶。
ホント単純に痛いのがガマンできなくて、涙で枕を濡らしましたから。
涙止まんないの。痛さで。

入院してても、痛み止めの処方は先生。
看護師さんに痛さを訴えても、痛み止め処方されるまで時間かかるんですよねぇ、これが。
しかも最初、痛み止めの注射だったんですけど、2本打っても全然効かなくって、結局点滴ぶち混んでようやっと落ち着いたという。
しかも翌日から熱まで出て、もうとにかく相性最悪のステント留置でしたね。

半年くらい経って、ステントの入れ替えをしなきゃならないってなった時、猛抗議じゃないですけど、前回痛くて痛くて大変だったって話を散々して、やる時に痛み止めの点滴してもらいましたから。
まぁ案の定熱出ましたけど。
しかも最初より高熱。

続いて、第2位は、腸閉塞もどき。

これは最後の大きな手術後退院して、もうすぐ1ヶ月って時になりました。
痛さは腸閉塞とおんなじ感じですかね。
痛さに波があって。
自宅で痛くなったんですけど、痛みが治まらないので、さすがにこれは病院行かないとダメかってなって。
もう夜間時間だったので、また緊急外来に電話して、タクシーで行きました。
だって田舎だから救急車を自宅で呼んじゃうと、近所の人が見にきちゃって、イヤだったんですもん。

でも病院着く頃にはどうにも痛くて、やはり救急隊員の優しさが恋しくなりました(笑)
呼んでも怒られないくらいには痛かったから、素直になれば良かったかな…とちょっぴり反省。

この緊急外来でCT撮ったら、緊急手術とかそういう危ない感じではなく、痛さの割には軽~い腸閉塞もどきくらいな感じで。
絶飲食で腸を休めて1週間で帰れました。

この痛いのだけは、本当にどうにもならないですよねぇ。気合いだけじゃ。

大きな手術後はたまにあるそうなので、もうしゃーないです。なったらなったで。
緊急を要する命にかかわるような腸閉塞でなければ、ご飯食べなければそのうち治るんで。
諦めモード。

栄えある第1位は、たぶん腹膜炎っぽい何か。

これは最後の大きい手術後、9日目になりました。まだ絶賛入院中。

術後の経過は上々で、もうご飯も始まってて、結構調子良かったんですよ。
ところが、急にお腹が痛くなったかと思ったら、その後ほんの2、3時間で高熱が出て、こりゃいかんって状況に。
40度以上熱出したのは、人生初です。
いやマジ高熱ってしんどい。

状況が看護師さんから先生に伝わって、この状況、一番あわあわ慌ててたのは先生ですかね。
これまた土曜日で、たまたま中ボス先生が当直でいたんですよ。
熱は40度以上出ちゃうし、血液検査したら白血球が26,000とかで、私はお腹痛いし、
これ何かと身体が戦ってる証拠。
先生は、腹膜炎を疑ってて、最悪の状況ではなかったようですけど、きっとどこか手術の際の腸のつなぎ目からウ〇コがほんのちょっとだけ漏れちゃったか何かで、こうなってるんじゃないかって。
で、もしそうなら、再手術でその部分を塞がないとって。
先生最後までずっと、再手術をするかしないか、迷ってたんだそうです。

再手術、結構大変ですよね。
先生も、私も。
負担が大きい。
でも症状や状況が危なければ、お腹開けちゃったほうがいい事もある。
本当に迷ってたみたいです。

私は、点滴で熱下げてはいたものの、もう朦朧としてましたから、先生に完全お任せです。
うんといいえで首を振るくらいしかしたなくなったですから。
というか、できなかった。
この時の事全部覚えてるかって言われると自信ない。

結局、再手術はしませんでした。
先生が後で言ってましたが、最後まで50%50%で再手術するかどうか迷ってたみたいです。
ここから1週間、抗生剤の点滴打ちまくって、なんとか治しましたよね。
ホントがんがん抗生剤ぶち込んでた(笑)

当然絶飲食なんですが、直前までご飯食べてたので、胃や腸にそれが残ってるんですよ。
翌日それを吐いちゃったりして。
でも苦かったからたぶん胆汁。

それも良くなくって、腸閉塞でもそうなんですけど、この胃や腸に残ってるものを出さなきゃならなくて、そこで登場するのが鼻管。
文字通り、鼻から胃とか腸まで管入れて、それで中のものを抜くんです。

これ嫌だったなぁ。
喉の奥が管の違和感でおえってなるんです。
えずく。のぜく。
決して管が細くない。
しかも手術で入れるなら麻酔後に入れてくれるけど、そうじゃないから意識もあって管を鼻から入れるんで。

この時多分初めて、あぁ私病人だぁって自覚したかも。
それまで結構何があっても元気だったんですけど、
熱は出るは、お腹は痛いは、
抗生剤と栄養と水分とで点滴いっぱい下げてるし、鼻管から出たものを入れる袋も下げてたし、膀胱のストマちゃんからの袋も下げてたし、基本ベッドから動けないくらいにはヤラれてたので。

2日3日経てば落ち着いて余裕も出てきましたけど。鼻管も抜けたし。

確か4日目くらいにシャワー入れて、よっしゃーって喜んだんですけど、シャワーというか入浴って体力使うんですね。
出たところで体力使い切ってしまって、プラスのぼせてて、すっ裸のまま服を着る力も残ってなくて、思わずシャワー室からナースコール。
着替えるの全部手伝ってもらっちゃいました。

熱出ると体力消耗がひどいです。
気を付けましょうね。

以上が、こりゃダメだぁってなったベスト5でした。

だいたい、痛い、ですね(笑)

ひとつ番外編。
精神的にこりゃダメだぁ、になりかけたのは、放射線治療が効果なくて、それじゃ抗がん剤治療をしようってなった時に、
消化器外科の先生は、がんを小さくしてきて~、いってらっしゃーい!って雰囲気で送り出した感じだったのですけど、
これが化学療法科(正式には化学療法・緩和ケア科という名前。名前からしてちょっと…ね)に行ったら、
ど頭から抗がん剤をどう使うかって説明で、前の記事でも書いてますけど、
長く使う方法と、短期決戦で使う方法と、それとやってみないと分からないって話を細かくされて、
外科ではほらさっさと小さくしてきて~って感じだったのに、急に深刻な感じで話をされて、
その認識の違うというか、雰囲気の違いというか、この差に不安になったというか、なんかイライラと怒りが湧いてきて、
これがちょっと精神的にダメ、というはやはりイライラになりましたかね。

しかもそういう時に限って、化学療法科の看護師に呼ばれて、一対一で大丈夫?とか分からない事があったら~とか、気持ちに迫るようなシーンにぶち込まれて、冷静になれないじゃんよーって余計にイライラしました。
だってこんなん泣くに決まってるじゃんって状況ですもん。

別に泣きたい訳じゃなかったので。
初対面のナースに甘えたい訳でもないし…な。うん。

タイミングの問題ですよ。タイミング。
泣きたい、甘えたい時っていうのもあるにはあるので。
でも私本当に負けず嫌いの甘えベタなので。

そして自分でも感心するくらいのポジティブシンキングなので(笑)

ノー天気とも言う…。

もう一生分痛い思いはしたはず。
もういいです。
もういいです。

根治手術も終わった事だし、そろそろ痛いからは卒業でいいですよね。ね。ね。(と誰かに言ってみる)

最後にちょー余談ですが、私の体育会系気合いと根性精神は、短大時代に大学の方の吹奏楽部に入ってまして、そこでマーチングドリルもやってたんです。
そのせいです。
マーチングドリルだけは間違いなく体育会系のノリだったので。

はい、こんな感じです(笑)


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