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評価が難しい・・・ 【父親たちの星条旗】 [映画日記<2006年>]

「父親たちの星条旗」を見たよ!

監督のクリント・イーストウッドや、制作サイドのスティーブン・スピルバーグには申し訳ないけど、
「硫黄島からの手紙」との2部作、しかも監督や制作が同じじゃなければ、
多分見なかったであろう作品。

1945年・・・
太平洋戦争末期、日本の領土、硫黄島での戦い。
その島で撮られた1枚の写真がある。
星条旗を掲げようとする6人の兵士。
ジョン・“ドク”・ブラッドリー(ライアン・フィリップ)もその一人。
彼を含めて、写真の中の帰還できた3名、ドク、アイラ、レイニーは、戦費を稼ぐ為の国債キャンペーンで、全米を回るツアーに駆り出される。
国民に、“英雄”に祭り上げられる3人。
だが、彼らの思いは、あの島の戦いから、逃れられるものではなかった。
過酷な戦場と、華やかなキャンペーン。
彼らの心に、二つの異なる戦場が、苦悩となってのしかかる。
物語は、人生を今まさに終えようとする、年老いたドクの、彼が語らなかった硫黄島の真実を、彼の息子が明らかにしてゆく・・・

まず始めに、硫黄島の戦いを映画で描こうと思った、監督クリント・イーストウッドに賞賛を。
太平洋戦争で、日本での唯一の陸上戦となった沖縄は有名。
それと、悲惨な戦いとして記憶される硫黄島も、時折、紹介されているのを見た事がある。
その硫黄島の戦いを、片方の視線ではなく、アメリカ、日本と、両方の視線から描いた事に、意味があると思う。
それも同じ人が作った作品。
これは前代未聞ではないのかな。
比較という意味でも、興味をそそられたし、アメリカ人が、当時の日本兵をどう描くのか、それも興味の対象だったわ。
今作は、まだアメリカ視線のみなのだけれどね。

この作品には、二つの戦場が描かれている。
一つは、硫黄島での、本当の戦い。
流れ弾が飛び交い、あちらこちらに転がる死体。
衛生兵を呼ぶ声。
止む事のない銃声。
作品の半分は、そういった戦場描写。
スティーブン・スピルバーグが監督した「プライベート・ライアン」の、ノルマンディー上陸作戦、映画の冒頭、実に20分にも及ぶ、悲惨、それ以外形容し得ない戦場を描いたシーンと比べている人が多いようだけど、
私は「プラシベート・ライアン」は、途中降参組なのだけど、それに比べたら、まだまだ柔らかな描写だったと思う。
ストーリーテラー役の通称ドクは、海軍の衛生兵。
ドクが、流れ弾の雨の中、呼ばれればどこへでも駆けつける衛生兵として、ある意味、とても“英雄”な姿を見せているのよ。
彼の、戦場での勇気は、並大抵のものではないよ。
弾に当たらないのは、ただの運。
他の人より、ほんのちょっとツキがあるだけ。
それが、シーンからよーく分かる。
日本兵の徹底交戦が、怖いくらい。
ドクが、負傷兵として下げられ、星条旗を掲げる写真に写った一人として帰還し、硫黄島から生きて帰れたのは、やはりただ運が良かっただけ。
ドクにとっての本当の戦場とは、やはりこちら以外、考えられないのでしょうね。

そして、もう一つの戦場。
それは、アメリカ国内。
戦時中のアメリカに、足りないものがある。
それは、戦争資金。
それを稼ぐ為の、戦時国債。
国債を買ってもらう為、勝利への希望として人々の“英雄”に祭り上げられたのは、星条旗を掲げる写真に映っていた、無事に帰還できた3人。
金がなければ、戦争はできない。
金属がなければ、弾は作れない。
アメリカ人がするイベントやらキャンペーンは、すごく正直でその分ワザとらしくて、華やかすぎてウソ臭くて、本当に怖い。
吐き気がするような、ド派手さがあるよ。
当たり前の事だけれど、本物の戦場を知っている3人には、特にドクとアイラには、そのギャップというか、感覚のズレが、どうにもこうにも、消化できなかったのでしょうね。
その結果、ドクはのちに、硫黄島を語らず、
アイラは、キャンペーンツアー中から酒に溺れ、
レイニーは身分不相応の夢を描く。
戦場を、どうもダシに使っているようで、戦友の死体を踏みつけて、金儲けをしているようで、それがスクリーンからも伝わってきて、非常に心苦しい気持ちにさせられたわ。

ここでもまたかと思ったのだけれど、
アイラがインディアンの出であった為に、差別を受けるのは、本当にアメリカの腐った部分を見せられているようで、不愉快になる。
アイラの存在に、“英雄”と“差別”が同居しているのが、不思議でならないよ。

この二つの戦場を交互に、さらに過去と現在を織り交ぜて、
硫黄島は淡々と語られてゆく。
星条旗を掲げる写真。
この皮肉とも思える事実もまた、見ている私達の記憶に、人の卑しさを教えてくれたのかも。
最初に命がけで掲げられた星条旗は、部屋の飾り物にされるのをどうしても避けたかった上官によって、掲げ直される事になる。
最初に撮られた写真。
そして、掲げ直された2枚目の星条旗。
その写真。
世の中に、“英雄”を作り出した写真が、その2枚目の星条旗だと知っていたのは、果たして何人いたのだろうかね。
原題が「Flags Of My Fathers」なのは、その為。

「硫黄島からの手紙」見たあと、比較はしてみるつもりだれど。
この映画を見終わったあと、
実はそれほど感動はしていなかったのだよね。
物語そのものより、エンドロールで流れていた、当時の硫黄島の写真や、
当時の兵士たちの姿を映した写真。
その方が、とても印象が深かった。
それが私の中の事実。
ノンフィクションとフィクションの隙間のようなこの作品だけど、
本物のノンフィクションの写真数枚に、とても良く出来た映画約2時間は、やはり勝てなかったという事なのかなぁ。
映画のできが悪かったって事ではなくって、事実には何ものも勝てないって事なのでしょうね。
ドクたちにとっては、どちらも戦争で、どちらも勝たなければならなかったのに、どちらも冷静ではいられないって事なのだね。
評価が難しい作品な気がする。
とても良く出来た作品に間違いはないよ。
だけど、やはり難しい。
評価って難しい・・・そういう作品なのだよ、きっと。


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コメント 4

non_0101

こんにちは。おじゃまします!
私は国旗というものにあまり感慨を覚えない人なので、
この作品の肝でもある“この写真でこれだけ国民が盛り上がるという雰囲気”が
正直あまり分からなかったです。
でも、そんな異常な全国民をも狂わす雰囲気こそが
戦争なのかも知れないなと思いました。
さすがはイーストウッド監督だなあと考えさせられる作品でした。
次の「硫黄島からの手紙」は辛いでしょうけれど楽しみです。

追伸 私も「プライベート・ライアン」はキツ過ぎました(^^;)
by non_0101 (2006-11-19 12:34) 

Catcat44

nonさん、いらっしゃいませ!
nice&コメント&TBとありがとうございます。
多分、アメリカ人には、日本人が理解できない“愛国心”みたいのがあるのじゃないですかね。星条旗もその象徴って事で、そうなるのではないかと。
感覚は違うのでしょうけど、日の丸も、まぁ似たようなものなのかな?
クリント・イーストウッド監督が、人間ドラマに強い方で、本当に良かったと思ってます。
「硫黄島からの手紙」もうすぐですね。
by Catcat44 (2006-11-19 16:43) 

クリス

こんにちは!
私も、意外と残るものがなかったなぁ・・・と感じた映画でした。バランスがとれてる代わりに、どれも描写が浅かったような。よく思い出せば、エピソードの一つ一つが考えさせられるものなんですよね。
トラバさせて頂きまーす♪
by クリス (2006-11-20 16:49) 

Catcat44

蟻銀さん、nice!&コメ&TBと、ありがとうございます!
そうですねぇ、うわ~っと押し寄せるような感動がある、そういう類の映画ではなかったですよね。
白いすり鉢山の形をしたデザートに、真っ赤なストロベリーソースがかかるシーンとか、吐き気がするくらい、おぞましい描写なのですけど、全部が集まると、なんか薄まっちゃった気がするのですよね。
アイラの気持ちが強すぎて、ドクの存在が薄くなった気もするし。
良い作品に変わりはないのですけどね。難しい・・・
by Catcat44 (2006-11-20 22:44) 

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